第49話 追放侯爵令嬢様と司教様5

「お初にお目にかかります、エリカ・ロングダガーと申します」


 エリカが優美な礼を見せる。

 一瞬だけその姿にみとれてから同じく頭を下げる。

「シン・ロングダガーです司教様」


 司教“様”と呼ぶ時に何も感情を顔に出さなかった俺を誰か褒めてくれ。


「私はビバル・ビバリティー、司教をしております。本日は急な話にも関わらず快諾して頂き、こうして足を運んで頂けた事、感謝申し上げます」


 辺境伯領教区の責任者にも関わらず、その物腰は柔らかく偉ぶったような所はまったく感じない。

 むしろ一冒険者に対しては過剰なまでに丁寧すぎるように感じるのは、俺の常識が貴族の物だからだろうか。


 司教は俺達をソファへ座るように勧めると手ずからお茶を用意すると正面に座る。

 ちなみにシャラは俺達側、エリカの隣に座っている。


 茶の用意を手伝おうとして手で制されたシャラはなんだか居心地悪そうである。

 そんなシャラを見るビバル司教の顔には優しげな皺が寄り、年齢的にも同年代の親父殿を思い起こさせた。


 まあ俺に対してこんな優しい顔をする親父殿というのも久しく見た記憶はないが。


「本日わざわざご足労願った件なのですが」


 ビバル司教がさっそく本題に入る。

 本題に入る前に長々と挨拶や挑発や探りが続く貴族同士の遣り取りに慣れていると、この辺りの速さは本当にありがたく感じる。


「実はシャラを貴方がたへ派遣するように主張したのは私でして」


 そう語り出したビバル司教の話をざっとまとめるとこうだ。

 実績の少ない無名の冒険者にシスター神父を派遣するというのは前例が少なく、ましてや相手は他国からきた冒険者であるし派遣するにしても様子を見てはどうか?


 という当たり前の意見が大勢であった所を司教の一存で決めてしまった。

 急に押しかけるようにシャラを派遣した手前、ご迷惑になっていないか一度直接会って確かめてみたかった。


 というのがビバル司教の話だ。

 細かい所を無視すれば無理の無い話である。


 ビバル司教からすれば、件のエリカ・ソルンツァリが向こうから飛び込んできた形になる。

 そりゃ無理を押してでも紐を付けようとするだろう。


 こっちが教会に近づこうとしないのはビバル司教にも分かっていただろう。

 千載一遇のチャンスという奴だったのだ。


 だがそれにしても会って直接話をしたいというのはどういう事なのだろうか?

 武器も預けろ等と言われなかったし、暗殺しようとしているわけではない、というのは分かる。


 身体強化と魔法が使える人間に毒殺が不可能なのも分かっているだろうから、このお茶に毒が入れられているというのも考えづらい。

 さてこの司教殿は一体何が目的で俺達を呼んだのだろうか?


「その……シャラはご迷惑などかけてないでしょうか?」


 そう言うビバル司教の顔は真実そう思っていると思わせるだけの真摯さがあった。


「そんな事はありませんわ、司教様」


 エリカが落ち着いた声で応える。


「つい先日もフォレストドラゴンの討伐では決定的な一撃をみまったのはシャラさんですのよ」

「え、ええシャラから聞いておりますが」


 ビバル司教の顔が若干ひきつる。


「その……疑っているわけではないのですが、フォレストドラゴンを倒したというのは事実なのでしょうか? いや疑っているわけではないのです本当に。ただにわかに信じがたいと言いますか」


 ああ、成る程。

 ビバル司教の目的はこれか。


 こちらの実力を知りたい、というわけだ。

 成る程それは分かりやすい話だ、ビバル司教からすれば俺達の実力は把握しておきたいだろう。


 憎むべき神の敵が自分達の手に余るかどうかを見極めたいという事だろう。

 実に不愉快だ。


 エリカは教会から死ねと言われてもお前達を恨んですらいないというのに。

 奥歯を噛みしめそうになるのを自覚してそっと顎をさする。


 *


 それからエリカがフォレストドラゴンを討伐した時の事を詳細にビバル司教に語った。

 彼女の口から俺がどう戦ったかと語られるのは正直こそばかったが口を挟むのはやめておいた。気を抜けばニヤけてしまいそうだったからだ。


 話を聞くビバル司教の顔は時に驚き、時に感心し、そしてシャラの話では誇らしげだった。

 実に普通の反応だった。


 穿った見方をすれば聞き上手であり、相手から話を引き出すには理にかなった態度に見えた。


「いや、凄いの一言です。私もこう見えて昔は冒険者の方々と魔物討伐に出ておりました。それ故にシスターシャラから三人でフォレストドラゴンをそれも指定討伐対象を倒したと聞いたときは夢の話でもされているのではないかと疑ってしまった程です」


 シャラの夢と思ってくれていれば良かったのに。

 そう思っているとビバル司教がシャラの顔をじっと真剣な目で見つめる。


「シスターシャラ、護民討伐派へと所属派閥を変更せざる得なかったのは貴方にとっては残念な事かもしれません。ですがロングダガーご夫妻と知己を得られた事は幸運であった事を忘れないでください」


 シャラが一瞬迷って「はい」と応える。

 それを見届けるとビバル司教は姿勢を正して俺達を正面から見つめてくる。


 何だか凄い嫌な予感がする。


「ロングダガーご夫妻、折り入ってお話しがあります」


 凄く、嫌な、予感がする。

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