第48話 追放侯爵令嬢様と司教様4

 フォレストドラゴンを討伐した翌日。

 今日も討伐に行こうと言い出したエリカに対して穴の空いた装備を見せて行けない事に納得して貰った。


 穴が空くほどの攻撃を受けたから、という理由ではなく穴の空いた服で仕事には行かせられないというのがエリカらしいと思った。

 いやしかし装備の買い換えか、貧乏子爵家産まれで培った貧乏性がうずく事この上ない。


 ファルタール王国では自分で繕って直していた程である。

 フォレストドラゴンの魔石を売った金があるので金銭の心配はしなくて良いのだが、何も考えずに使っていけば直ぐに枯渇するのも冒険者あるあるだ。


 冒険者向けの装備品はとかく高いのだ。

 という理由でちょっとした穴程度なら自分で繕うつもりだったのだが、空いた穴はそうするにはちょっと酷すぎたので今回は流石に諦める。


 そういうわけで俺が防具屋、例のあのちょっと頭のおかしい店主のいる店で装備を揃え、エリカと少し遅い昼食を食堂でとっている時の事だった。

 ここ最近で聞き慣れた声が聞こえてきたのは。


「ロングダガー夫妻探しましたよ」


「今日は討伐に出ないぞ」


 俺は若干うんざりしながらシャラに答えた。

 討伐に出るときは事前に連絡する事を取り決めていたので言わずもがなではあるのだが。


「分かってますよ」


 シャラが苦笑を浮かべながら「流石にフォレストドラゴンを倒した翌日に討伐に出るような冒険者がいない事ぐらいは知っています」と言う。

 いやお前は分かっていない、実はエリカは今日も討伐に出る気満々だったからな。


「探していたとはどういう事です?」


 エリカがシャラを俺達が座るテーブルに誘いながら訊く。

 正直、俺は知りたくも無いが。


「実はお二人にお伝えしたい事がありまして」


 シャラが椅子に座りながら店員にお茶を注文する。

「司教様がお二人に一度会ってみたいとの事なので、ご都合の良い日を伺おうかと……どうしたんです?」


 シャラが不思議そうな顔で俺達を見てきた。

 俺とエリカが思わずといった感じで目を合わせていたからだろう。


「いや、大丈夫だ。しかしそれはまたどうしてそんな話になったんだ?」


 いやな予感を感じながらも俺はそう尋ねた。


 *


 昨日、フォレストドラゴンを討伐した後に別れたシャラは、例の如く周りの人間全員が強盗に思えるようなプレッシャーに耐えながら孤児院へと寄付金を無事運び終えると。

 フォレストドラゴンを討伐した事を司教様へと報告したと言う。


 それを聞いた司教は大変驚き、またいたく感心なさったらしい。感心しなくて良いのに。

 それでちょっとウチのシスターもお世話になってますし一度ちょっと詳しくお話しでもしませんかという事らしい。


 怪しいというのが俺の感想だ。

 大方おおかた憎むべき神敵がちょっと調子にのってるので何か言いたいとかそういう事だろう。


 もしくは暗殺か。

 いや流石に街中ではやらないか。


 何にしろ面倒な話だというのが俺の結論だった。 予感というよりむしろ確信を持って面倒事が起こる未来が見えて俺はゲンナリした気分になった。



 *


 司教様に呼ばれているのでしたらお待たせするわけにはいきませんね。

 というエリカの言葉によってその日のうちに会うことになってしまった。


 おかげで何の準備も出来なかった。

 せいぜい武器を取り上げられた時用の暗器あんきを用意した程度である。


 今日にでもと言うエリカもそうだが、じゃあ直ぐにでもという返事が返ってくる司教というのもどういう事なのか。暇なのか司教。

 汗だくになりながら教会と食堂を全力で往復したシャラには悪いがお前の所の司教は威厳という物をもう少し考えるべきだぞと言いたい。


 等と文句を言った所でもはや状況が変わるべくもなく、俺とエリカとついでに言うとシャラは教会の前に立っていた。

 まるで要塞だな、というのが第一印象だった。


 流石はヘカタイの教会というべきだろう。

 万が一の時は市民を匿えるようになっている。


 この街の住人にとっては魔物に街が襲われるというのは現実的な脅威なのだろう。

 頑丈そうな壁に囲まれた教会からもそれを見て取れる。


 逆に言えば招き入れた者を閉じ込めるのにも適している、と考えてしまうのは俺の考えすぎだろうか?


「どうぞこちらへ、ご案内します」


 そう言うシャラの顔には何かしらのはかりごとを企てているようには見えなかった。


 *


 案内されたのはまさかの司教の執務室だった。

 応接室なり何なりに案内されると思っていたのでこれには流石に驚きを禁じ得なかった。


 古く重そうな扉が開くとその先は古い紙の匂いが充満する部屋だった。


「ようこそロングダガーご夫妻」


 質素ではあるが、古いのではなく歴史を積み重ねてきた重みを感じさせるソファから立ち上がりながら司教は微笑んだ。

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