第47話 追放侯爵令嬢様と司教様3

 俺の問いに対するエリカの返答は沈黙だった。

 形の良い顎にそっと手を添え俯き考えている。


「驚きました」

「何が?」

「その可能性に思い至らなかった自分にです」


 エリカが付いてくるよう手を振り歩き出す。

 俺が付いてきているのを確認するとエリカは言葉を続けた。


「ですがそれは流石に飛躍しすぎた考えなのでは?」

「そうだろうか? 彼らからすれば君は……君の言った通り神敵とされても仕方ない」


 俺の言葉にエリカは軽く肩を竦める。


「ええ、確かに。ですがそれにしてもやり方という物がありましょう。覚えているでしょうがわたくしの命を狙った者は魔族になりましたのよ? それこそ教会が使う手段としては“らしく”ないでしょう」


 魔族、教会曰く加護無き者。

 神からの加護を無くした生き物が魔族となる、というのが教会の主張だ。


 魔族がどこから何から発生しているのか? は今のところ謎なので、皆なんとなくこの説を信じてはいるが。

 証拠などはない。


 魔族とは突然現れ、目的も無く被害を撒き散らしては討伐される存在。

 それが実際の所分かっている事の全てだ。


 そんな存在を教会が使うというのは、そうだな、確かに教会らしくないやり方だろう。

 だがしかし。


「可能性があるなら俺はその考えを排除しようとは思わないよ」


 俺がエリカの顔を見つめながらそう言うと、彼女が若干呆れたような、それでいて嬉しそうな顔をする。


「真剣にわたくしの事を案じてくれているのは分かるのですが、あまり考えすぎると眉間の皺が取れなくなりますよ」


 思わず眉間に手をやった俺を見てエリカが笑った。

「教会の、司教様の考えがどうあれ。今のところは様子見するしかないのですから、眉間の皺を深くする事はありませんわ旦那様」


 *


 ヘカタイの司教、ビバル・ビバリティーは質素な部屋でシャラの事を考えていた。

 可哀想な娘であると思っている。


 施術派でありながら護民討伐派へと派閥変えをしなければならなかった経験は辛いものである。

 ビバル司教はそれを良く知っていた。


 彼自身が同じ経験をしたからだ。

 ビバル司教も若い時は施術派として人々を癒やす事を目指していた。


 しかし彼もシャラと同じように回復魔法が苦手だったのだ。

 どんなに魔法の修練を重ねても上手くなるのは攻撃魔法ばかりだった。


 派閥の重鎮から護民討伐派へと移るように言われた時は悲しかったし悔しかった。

 なのでビバル司教はシャラの気持ちが良く分かった。



 流石に自分は施術派を自認しているというのに、何故か別名破壊魔法などと呼ばれる音節魔法を習熟するような奇態には走らなかったが。

 そう述懐しながらビバル司教は、あの娘はどうして音節魔法などを覚えようとしたのかと疑問に思う、いや本当に何故なんだろう。


 少しアレな娘、というのがビバル司教のシャラへの評価ではあったが、その身と将来を案じているというのは真実だった。

 だからこそ彼はロングダガー夫妻という冒険者にシャラを託す事にしたのだ。


 ゴールデンオーガ三体を無傷で討伐する実力、そしてその討伐で得た金の殆どを孤児院へと寄付するという精神性。

 シャラを派遣するのにこれ程適した冒険者もいないだろう。


 勿論、その片割れがあのエリカ・ソルンツァリであるという事は知っていたが、ビバル司教はそれを問題視しなかった。

 問題視しなかったというより、件のエリカ・ソルンツァリの容疑を信じてすらいなかった。


 なにせあのソルンツァリ家の人間である。

 あの家の人間が間接的にとはいえ孤児の不利益になるような事をするわけが無いのだ。


 ビバル司教は俗世の政治には疎い自覚はあったが、それでも貴族社会の奇妙な権力争いを数多く見てきた。今回もそうであろうというのがビバル司教の結論であった。

 これが他の貴族家の話であったのなら、光の巫女様を害しよう等と考えた愚かな貴族がいたとしてもそういう事もあるだろうと思っただろうが。


 ビバル司教は廊下を歩く騒がしい足音が近づいてくるのを聞きながら、さて今日はあの娘はどんな話をしてくれるのだろうかと微笑んだ。

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