第46話 追放侯爵令嬢様と司教様2

 可哀想にシャラは曲がり角に当たる度に慎重に警戒しながら帰って行った。

 俺達の移動に付いていける程度の身体強化は使えるのだから賊に遅れなど取らないだろうに。


 いやまあ、彼女が嫌がるような大金を無理矢理渡したのは俺達なのだが。

 ビクビクしながら歩いて行く背中を見ながら思わず溜息をついてしまう。


 疑いたくはないのだがなぁ。


「エリカ、どう思う?」


「何を? というより誰をですか?」


 同じく遠ざかるシャラの背中を見送りながらエリカが問い返してくる。

 その目は優しく細められている。

 それだけで彼女の心中が推し量れる、エリカがそんな顔をするという事はシャラの事を気に入っているという事だ。


 なので俺は次の言葉を言うのに躊躇いを覚える。

 エリカに不愉快な思いをさせる事に罪悪感を感じる。


「シャラが思わずって感じで漏らした言葉を聞いたんだが、エリカは聞いたか?」


 俺の問いにエリカは微笑みながら頷いた。


 *


 それはフォレストドラゴンを討伐している最中での事だった。

 俺とエリカでフォレストドラゴンの足を切り飛ばした時の事だった。


 音節魔法の詠唱を終えたシャラが思わずといった感じでこう呟いたのだ。「まさかこれ程の実力とは、司教様にご報告しなければ」と。

 俺達が戦っている最中だからと油断したからなのか、本当にウッカリだったのかは分からないが、シャラが確かにそう言ったのを俺は強化された聴覚で拾った。


 それは同じく身体強化で聴覚が強化されていたエリカも同じだろう。

 俺が聞けてエリカが聞き逃すとは考えづらい。


 思えば最初からおかしかったのだ。

 ランク1とはいえ、ゴールデンオーガ三体を倒した程度の冒険者二人組に教会がシスターを派遣するなどと。


 ファルタール王国でシスターが派遣される程の冒険者と言えば師匠クラスが普通だし、更に言えば派遣されるシスター自体がそれに準じた実力の持ち主なのだ。

 俺達自身の実力もそうだが、シャラ自身の実力も派遣されるシスターとしては力不足としか言えない。


 派遣される側にしても、派遣する側としても実力不足なのだ。

 となれば考えられる事は一つだ。


 シャラはエリカに付けられた教会側の間者かんじゃであるという事だ。


 そうであればシャラが漏らした言葉の意味が良く分かる事になる。

 シャラは司教の命令を受けてエリカを監視していた事になる。


 司教クラスであれば立場上、エリカがエリカ・ソルンツァリであるという事も知っているだろう。

 そして他国の貴族であるエリカが何故ヘカタイにいるのかという事も。


 *


 そう言えば司教様に寄付金の事を伝えたら云々とシャラが言っていたのは、相手に嘘を信じさせるには嘘の中に真実を混ぜるという基本を抑えたからなのだろう。

 印象としてはそう言った腹芸が出来そうにないシャラだが、なかなかどうして、すっかり騙されてしまった。


 彼女が思わず言葉を漏らして居なければ今も気が付いていなかったかもしれない。

 あれだけ教会関係者には気を付けなければならないと考えておきながらコレである。自分の不甲斐なさに溜息をつきながらエリカに言う。


「あの呟きを聞いたのなら話は早いな、シャラはおそらくだが司教の命令を受けて君を監視しているのだと思う」

「ええそうね。教会としては妥当な判断ではないかしら。神敵を滅ぶべしと命を狙われないだけありがたいと考えるべきなのでしょう」


 そう皮肉げに評するエリカの顔は特に何かを心配しているようには見えなかった。

 そしてガッカリしているようにも。


 エリカとシャラが楽しげに会話していた所を見ていただけに、シャラが教会からの間者だと分かってエリカが傷つくかと思っていたのだが。

 彼女の心は俺の想像よりもずっと強いようだ。


「特段わたくしは監視される程度あれば気にする事はないと考えますが? シャラは楽しい人ですし」


 その物言いで監視云々は別としてエリカがシャラという人間を気に入っているというのが分かった。

 正直に言えばシャラ個人は嫌いではない、それどころか好ましく思う。


 瀕死の重傷を負ってなお村人を助ける為に時間稼ぎの為だけに自分の命を賭けられるという精神性は尊敬できる。

 少々騒がしくあるが、その騒がしさでエリカが笑顔になっているので許容範囲だ。


 だが――。


「もし教会が君の暗殺を狙っている連中なら?」


 自分の顔が暗くなるのを自覚しながら俺はそう言った。

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