第45話 追放侯爵令嬢様と司教様1
「冗談ですよね? 冗談ですよね? ロングダガーさん」
冒険者ギルドの職員、ラナは二回確認した。
顔は必死というか懇願に近かった。
「冗談も何も目の前にあるだろ」
俺は視線でテーブルの上に鎮座するフォレストドラゴンの魔石を指した。
だがラナはそちらの方には一切視線を向けなかった。
「草原の主を倒しましたという面白い冗談が聞けたのは楽しかったですので、本当の事を教えてください。これは何の魔石ですか?」
「フォレストドラゴン、草原の指定討伐対象の」
「倒置法とか求めてないですよ!」
ラナが叫んだ、騒がしい女性である。
エリカのいつでも落ち着いている態度をちょっと見習ってほしい、十分の一は無理でも百分の一ぐらいならなんとかなるだろ。
今日の目標を達成したのでさっさと街に戻ってきたのだがラナのこの騒ぎである。
昼を少し過ぎた所なので冒険者ギルドはガラガラだったがそれでも冒険者はいるし、ギルド職員だっている。
こうも騒がれると人目を引いてしまうではないか。
そう思ってあたりを見回したが、何故か誰もこちらの方を見ていない。見ていないというか意図的に逸らしているような気がする。
なんだこれ?
「本当にこれ、草原のアレの魔石なんですか?」
ラナが頭痛を堪えるように眉根に皺を寄せながら疲れたように訊いてくる。
まるで自分が名前を言えばそれが事実として確定してしまうとでも言いたげな顔だ。
俺が無言で頷くとラナが短く
「良いでしょう、良いでしょうとも」
呟くように言うラナの姿はちょっと怖かった。
「指定討伐対象の討伐確認にお時間を頂く事になりますが、魔石の買い取り自体はすぐにでも出来ます。どうなさいますか?」
なぜか急に表情を平坦にしながらラナが訊いてくる。
何故だろう、俺の周りにはエリカ以外の女は感情の起伏が激しくないと駄目とかそういう決まりでもあるのだろうか?
「それで頼む」
「分かりました、討伐確認が終わりましたら討伐報酬を別途お支払い致しますので確認が出来ましたらお知らせ致します」
「あー所で何か悪い事をしたんだろうか? 俺は」
「まさか、ちょっと私がこれから確認する為の冒険者の手配とか討伐報酬の手配とかで忙しくなって残業が確定するぐらいですよ」
アッハッハ、とラナが笑う。
「何故かロングダガーさんが冒険者ギルドに入ってくると急にカウンターに私が回されるんですよねー何でですかねー、ていうか他にもカウンターあるのに何で私の所に来るのかなーロングダガーさん」
担当した冒険者の諸々の雑務が全てそのギルド職員の仕事になるシステムなのか。
「それは……悪かったな」
ついつい見知った顔があったのでラナのいるカウンターを選んだのだが、相当に面倒だったみたいだ。
「いえいえ、いーんですよー。手数料の一部が私の懐に入りますしー。ただちょっとフォレストドラゴンの魔石とかオークション行きですからちょっと手間が割に合わないなーとかねー。いやホント別にいいんですよーお金はあって困る事はないですからー」
そう言ってアッハッハと笑う。
「この前のゴールデンオーガの魔石の諸々がやっと終わった所だったのになー!」
何故か俺の顔を下から覗き込むように見上げながら、ラナはにこやかな顔で魔石の買い取り手続きを進めた。
帰り際に「私はこれから残業ですけどね!」と笑顔で挨拶された。
いやホント悪かった。
*
フォレストドラゴンの魔石はゴールデンオーガの魔石三体分よりも高額だった。
二分割しても前回の報酬よりも多い。
それをポンと手の平に乗せられたシャラはキョトンとした顔をした。
器用な感情表現を何度も見せてくれた顔は、今回は極シンプルに何を渡されているか分からないといった単純な表情を浮かべていた。
「なんです? これ」
「フォレストドラゴンの魔石を売った金の半分」
そう言ったらシャラが悲鳴を上げた。
「要りませんよ!」
魔石の買い取り額の査定に思った以上の時間がかかったので、早めの夕食を取ろうと入った食堂での事だ。
店員と客からの視線が痛い。
今日はシャラもいたので冒険者向けの食堂ではなく一般的な住人が使う食堂を選んだのだが。
おかげで冒険者向けの食堂のように騒ぎに対しての対応が冷たい。
「要らないと言われても一緒に戦ったのだから報酬は山分けが基本だろ」
「それにしても二分割はおかしいでしょ、いや三分割でも断りますけど。私たち教会の人間はお金の為に魔物を討伐するわけではありません、ですのでこのお金は受け取れません」
そう言って金の入った袋をテーブルに置いてそっとこちらへ押し出してくる。
それにしても真面目なシスターらしい顔もできるものなんだな。
どうもシャラに対しては最初のイメージが強すぎて変なバイアスがかかってそうだ、真面目な顔をしただけで驚くというのも失礼な話だろう。
「という事でしたら孤児院への寄付という事で」
俺がシャラも真面目な顔をするんだなぁと感心していると、エリカがそっと袋をシャラの方へと押し返した。
「また私にトラウマを植え付けるですか!」
「二度目なんですから大丈夫でしょう」
エリカがシャラの抗議を笑って流す。
「それにまだ討伐報酬の方があるのですから、少ない内に持って行くのが楽ではないですか?」
その言葉にシャラは何度か唸ると、怖々とまるで振れれば爆発するとでも言いたげにそっと金の入った袋を持ち上げた。
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