第44話 追放侯爵令嬢様と魔境7

 音節魔法が一般的な魔法と違う点は幾つかある。

 特殊な発声法での呪文が必要である事、魔法を発動させるのに鍵言けんげんと呼ばれる発動呪文がある事、そして一般的な魔法では体内に構築される魔方陣が体外の空間に構築される点は、魔力が目に見える俺にとっては最大の違いと言えるだろう。


 俺はシャラの頭上十数メートルの位置に構築された巨大な魔方陣から放たれた、光の槍を目で追った。

 音節魔法はどれも馬鹿げた威力を誇る。

 その中でもルークスランスは貫通力と効果内での破壊力に置いてはかなりの物だ。


 神の御技を学ぶ事を尊ぶ教会の人間であっても普通は知識としてだけ学ぶ、ましてやそれを熟練の速度で使えるようになる人間など教会全てを探しても数えるのに片手で足りるだろう。

 そもそもおかしいのだ、音節魔法が使える施術派の人間というのが。


 なにせ――。

 この威力だ。


 フォレストドラゴンを正面から捉えた光の槍は頭部に刺さると、一瞬だけその動きを止めると次の瞬間に全体を震わせるとパンという乾いた音と共に消滅した。

 フォレストドラゴンの身体半分と共に。


 どう考えても回復魔法で民を癒やす事を目指す施術派の人間が覚えるような魔法ではない。

 シャラはいったい何を考えてこんな魔法を覚えたんだ。


 俺は自称施術派のシスターを見た。

 シャラは地面に腰を抜かしたような格好で座り込み肩で息をしていた。


 一時的に魔力が枯渇して疲労感に襲われているのだろう、吐く息も荒い。

 だがその顔は満足げに見えた。


「シン」


 エリカの声で俺は正面に向き直った。


「まだ立ち上がるのか」


 思わず口から益体もない言葉が出た。

 頭部どころか身体の半分が消失しているフォレストドラゴンの身体というより残骸が、その肉体を再生させようと肉を泡立てていた。


 流石に身体の半分を吹き飛ばして倒せないというのは想定外だ、竜種を相手にする時は首を落としても油断するなとは言うが幾ら何でもこれはタフすぎる。

 これは撤退だな。


 そう決断を下す前にエリカが動いた。


「わたくし火加減という物を覚えまして」


 そう言ってエリカは俺に微笑むと指揮棒の様に剣をサッと振った。

 轟音と共にフォレストドラゴンが炎柱に包まれる。


「魔石を燃やさない程度であれば宜しいのでしょう?」


 エリカはそう言って自慢げに微笑んだ。


 *


「あんな最後を迎えるというのは魔物相手でも同情を禁じ得ないですね」


 そう言ったシャラは魔力が回復したのかシッカリとした足取りで立っている。

 顔に浮かんでいる表情は呆れなのか疲れからくるものなのかは判断つかなかった。


「頭はなかったのですから何も感じなかったと思いますよ」


 そう言ったエリカは数分間、再生を続けるフォレストドラゴンを炎柱で焼き続けた後であるにも関わらず疲れた様子はなかった。

 その体内にどれ程の魔力があるのか、流石に剣と魔法の申し子と呼ばれていただけはある。


 俺は半分消し飛んだとは言え、元の大きさが家ほどもあったフォレストドラゴンの魔石屑から魔石を掘り出す作業に難儀していた。

 魔石が埋もれて見つからないのだ。


「シン手伝いましょうか?」


 そう言ってくれたのはエリカだった。


「いやエリカは周囲を警戒しておいてくれ。まだ大丈夫だと思うがぬしがいなくなったんだ、他の魔物が戻ってくるかもしれない」


 まぁ戻ってきた所で対処は出来るだろうが、用心に超したことはない。

 お、あったあった。


 俺は魔石屑の山の中から魔石を掘り出すとそれを持ち上げた。

 紫色の表面に複雑な葉脈の様な模様が浮かんでいる。


 人の頭部ほどもあるそれを頭上に掲げて二人に見つかった事を報せる。

 シャラは未だに現実とは思えないと言いたげな複雑な表情をし、エリカはその結果がさも当然であるかのように満足げに頷いた。


 さて、俺はいったいどんな顔をしているのだろうか?

 少なくとも、とりあえずで討伐するような魔物ではないという顔をしているだろう。

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