第43話 追放侯爵令嬢様と魔境6

 あー畜生。

 服に穴が空いたぞ。


 空中で何とか身体を捻り足から着地する。

 草が摩擦で煮える匂いがする。


 視覚より先に地面から伝わってくる振動でフォレストドラゴンがこちらに突っ込んでくるのが分かった。

 一度の油断、ほんの少しの隙でこれだ。


 師匠がいたらどれ程怒られたか想像するだけで嫌になる。

 嗚呼畜生、服にまた穴が空く。


 相打ちで構わないので一撃入れて時間を稼ぎ体勢を完全に立て直す覚悟を決める。

 中途半端な体勢で無理に剣を構え、突っ込んでくるフォレストドラゴンの鼻面に一撃を叩き込む準備を整えた。あー嫌だ嫌だ。


「夫の危機を助けるは、妻の勤めですわね」


 強化された聴覚が、騒々しくフォレストドラゴンが突っ込んでくる騒音の中でもその声を捉えた。

 瞬間、頭上から飛んできた火球がフォレストドラゴンの頭を捉えた。


 体勢を崩しもんどり打ってこらちに突っ込んでくるフォレストドラゴンを必死になって避ける。


 助かった、と思う間もなくフォレストドラゴンの咆哮が響き渡る。

 口は自身のブレスの暴発でズタズタになり、目は焼け白く濁り、頭部の三分の一が砕けてなおフォレストドラゴンは健在だった。


 いや本当にタフである。

 流石に回復速度は遅くなってはいるものの、頭の三分の一が無くなっても平然と生きているというのは流石に卑怯ではなかろうか。


 ああ、しかし三分が遠い。

 遠いというか三分はもう過ぎてると思うんだが、まだだろうか?

 そう俺が思った所でタイミング良く声が上がった。


「準備出来ました!」


 やっとかと思うと同時に想像していたより速かったと矛盾した感想を抱く。

 ともかくまずはエリカと合流だ。


「では行きましょうか」


 そう俺が考えると既にエリカは側に立っていた。

 さも当然とでも言いたげにさっと髪を払うと俺を見て微笑む。


「準備は宜しくて?」


 俺が返事をする替わりにフォレストドラゴンが咆哮を上げ、片方だけ光を取り戻した目でこちらを睨み付けていた。

 シャラの悲鳴じみた声が聞こえる。


「準備出来ましたけど遠い!遠いですよ!」


 動き回る事になってしまったので、シャラとフォレストドラゴンとの間に四十足程の距離が空いている。


「今から動きを止める、準備をしといてくれ!」


 俺がそう言ったのは突っ込んできたフォレストドラゴンの鼻面に剣を振り下ろしながらだった。

 服に穴を開けた恨みだ、高いんだぞ服。

 かなり私怨の乗った一撃だったが剣筋自体は綺麗に入った。


 フォレストドラゴンの上顎がひしゃげる。

 血やら涎やらがまき散らされるが、それらを華麗に避けてエリカが脇に移動していた。


 限界まで身体強化の強度を上げていたにも関わらず、エリカの振った剣筋が霞んで見えた。

 フォレストドラゴンの右前足が空を飛ぶ。


 フォレストドラゴンはつんのめるように倒れそうになるが三本の足で踏みとどまる。

 踏みとどまるどころか身をよじり尻尾でこちらを狙ってくる。


 尻尾とエリカの間に入り、太さが馬車ほどもある尻尾を剣で打ち上げる。

 かなりダメージを与えたハズなのにその一撃は今までで一番重かった。


 痺れる腕に眉をしかめる俺を追い越してエリカがフォレストドラゴンの後ろ足に迫る。

 足首でも切り飛ばすのかと思ったら剣先が向かったのは足の付け根、太ももだった。


 明らかにエリカの持っている剣より太い足が一太刀で断ち切られた。

 どうなってんだ?

 そう思いつつもバランスを崩してこちらの方へと倒れてくるフォレストドラゴンを避ける。


「今だ!」


 倒れる端からボコボコと肉を泡立てさせながら足の再生を始めるフォレストドラゴンの再生力に瞠目どうもくしながら俺は叫んだ。

 瞬間、待ってましたと言わんばかりのシャラの声が響いた。


「貫き潰せ! ルークスランス!」


 音節魔法独特の鍵言けんげんが宣言され魔法は発現した。

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