第37話 追放侯爵令嬢様は信心深い4
こう一瞬で気分が
走り回っていたのか顔を若干赤らめたシャラがこちらのテーブルに近づいてくるのを眺めながら俺はそんな事を考えた。
「あの寄付金は何なんですか!?」
第一声がそれだった。
「やはり少なかったですか?」
エリカの申し訳なさそうな声に二人してギョッとする。もちろん俺とシャラがだ。
「ち、ちが」
エリカの表情がそれを真剣に言ったのだと物語っていた。
それを知ったシャラが言葉を詰まらせる。
いやぁ分かるよ、自分の常識が通じない相手に対して混乱する気持ち。
「違います!多すぎると言っているんです!」
シャラが思わずといった感じでテーブルを手で叩く。
それから頭を抱え天を仰ぐ。
忙しい人だ。
「なんで私が怒ってるみたいになってるんですか!?」
それをこちらに聞かれてもなぁ。
それにしても意外と面白い人かもしれない。
まぁ第一印象は瀕死だったのだから、どう変わっても面白い人になるのかもしれないが。
「多すぎるのでしたら良かったですわ」
「良かないですよ!?」
コイツ何言ってんだと言いたげなシャラ。
「私がどんな気持ちで孤児院まで行ったと思うんですか!? シスターなのに周りが全員強盗に見えましたよ!?」
それはトラウマ級の経験だな。
「孤児院に対する寄付を預かるのです、それぐらいの心構えは必要でしょう」
それに対してエリカは感心したように頷くのだから、流石にシャラが可哀想になる。
面白くはあるが。
「話が通じない!」
「失礼な、通じておりますよ」
流石に憮然としてエリカが応じる。
「だいたい何故わたくしが“多すぎる”と責められないと駄目なのですか。少なすぎると責められるのでしたらまだしも、何なのですか多すぎるとは」
「運ぶ人の気持ち! そこを考えようよ!」
「ですので、シスターにも関わらず街の住人全てを強盗であるという覚悟をもって孤児院まで責任を持って運んでくださったんでしょ? わたくしの人選は何一つ間違えていませんでしたわ」
シャラが再び天を仰ぐ。
違うけどちょっと嬉しいのが腹立つ!
そう叫ぶ気持ちは分かるけど君、もうそろそろ静かにしてくれませんかね?
俺は水を飲みながらそんな事を考えた。
*
いい加減お店から追い出されそうだったのでシャラを椅子に座らせて落ち着かせた。
まあ流石に冒険者相手に商売をしている食堂なので多少の騒ぎは慣れた物なのか、眉を顰める程度で納めてくれた。
「それで、何の用で俺達を探していたんだ? まさか寄付の額が多いだけでは早朝から探さないだろ?」
いやこの娘ならやりそうな気がするな。
初対面の時も重傷を負ってなおゴールデンオーガに立ち向かおうとしたのだ。
大人しい性格ではないだろう。
「いやまぁ、それも十分にあるのですが」
シャラが出された店の水を飲み唇を湿らせる。
「額が額でしたので、孤児院に届けた後に司教様にも報告せねばと思いまして……」
シャラの話をまとめるとこうだった。
孤児院への寄付の件を司教に報告した所、流れで自分が助けられたのが冒険者夫妻である事も説明する事になり。
それを知った司教がいたく感心され、ご恩あるその冒険者夫妻のお力になって上げなさいと言われた。
という事らしい。
何と迷惑な事か。
シャラの目線から語られるそれは、幼女の依頼を無料で受け、村を襲わんとするゴールデンオーガを討伐し、その魔石を売った金の大半を孤児院に寄付するという、実に教会好みの素晴らしい冒険者に見えた事だろう。
教会からの覚えが良くなると指名依頼が来たりするので、それを恐れていたのだが。
結果、まさかそれを飛び越えてシスターの派遣がやってきた。
教会はこれと認めた冒険者に神父やシスターを派遣する事がある。
魔物討伐を生業とする冒険者を支援する事で弱者を支援しようという教会の派閥がいるからなのだが。
どうやらシャラはその派閥の人間らしい。
冒険者からすると教会関係者は回復魔法を得意とする魔法のスペシャリストだ。
普通は有り難がられる事はあっても嫌がられる事はない。
俺は派遣してやると上から目線も相まって全くもって嫌だが。
というわけでシャラは俺達を見つけようと早朝から冒険者が集まる食堂やらを探し回っていたらしい。
「それはありがたい話ですわ」
俺はギョッとしてエリカを見た。
「わたくし達はこれからランクを上げようと話し合っていた所ですの」
ね? と視線で問われて思わず頷く。
「シャラさんがご一緒に動いてくれるのでしたら助かりますわ」
「シャラで結構ですよ奥様」
「ではわたくしの事もエリカと」
何故に君はそんな風に教会の連中と仲良く話せるのだろう。
俺からすれば教会の連中は君の輝かしい未来を奪った奴らの一人だというのに。
「わたくしの性分と教会の理念は相性が良いのですよ」
彼女が朗らかに笑う。
そいつは君に死ねといった連中の仲間だぞ。
「あのエリカ? 旦那さんが凄い顔になってるんですけど私なにかしてしまいましたか?」
シャラが小声でエリカに問う。
「気にしないでください、きっとまた難しい事を考えているだけですから。シン」
エリカの声で俺は思考の
「そんな顔をなさるまで考えなくても大丈夫ですよ? 何せわたくしの親友は教会にとてもお世話になっているのですから。教会はわたくしの大切な友人の保護者なのです。ですから心配はいりません」
彼女の言う心配とはエリカ自身の気持ちという事なのだろうか。
だとしても、ああ駄目だ、彼女がそれで良いと言っているのだ。
俺は一つ、深呼吸をする。
よし、落ち着いた。
「君がそう言うのなら考えるのは止めるよ」
そう言って笑ってみせる。
「シン・ロングダガーだ。シャラよろしく頼むよ」
俺はまだ分かっていない顔をしているシャラにそう言った。
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