第36話 追放侯爵令嬢様は信心深い3
「それにしても貴方が学園で全く無名であった理由が分かりませんわ」
エリカがそう言ったのは、冒険者ギルドで適当な依頼が無かったので街道沿いの魔物でも討伐するかと街を出て一時間ほどたった頃だった。
ファルタール王国では見ることの無い弱い魔物に新鮮な驚きを感じながらだったので、気分としては魔物討伐というより遊興に近かった。
もちろん一般人からすればそんな魔物でも十分に脅威なので手を抜く事はしないが。
「貧乏子爵の次男坊だからな」
休憩がてら昼食を取ろうと適当な木陰に座り、干し肉を囓りながら言う。
学園に通っていたのは君の顔を見る為で真面目にやる気は無かった、と正直に言えば怒られそうな気がしたので適当に理由をでっち上げる。
「そういう物なのですか?」
大侯爵家の娘として俺とは階級が違ったエリカが小首を傾げる。
流石に理由が適当すぎたか疑念を抱かれている。
「それに魔法が苦手だからな、剣だけで注目されてもなっていうのもあったな」
「つまりは手を抜いていたと?」
不満顔だった、そんな過去の事で不満顔になられても思うのだが。これも口に出したら怒られそうなので黙っておく。
「それに冒険者業が忙しくてね、学業にまで手が回らなかったんだよ」
「それでもわたくしの夫になる男性が人に
その時は君に名前も覚えられて無かったんだけどなぁと、ごく最近の事であるのに懐かしくすらある過去を思い返す。
「ま、何にしろ過去の話だからなぁ」
答えにもなっていない呟きを漏らすと、エリカもそうですねと表情を柔らかくする。
学園の頃の事を話してもエリカが柔らかい表情を浮かべる事が出来るという事実に俺は嬉しくなる。
なにせちょっと前に馬車の中で呪詛を吐き続ける彼女の姿を見ていのだ。
その言葉を境にしばし無言で休憩する。
新調した装備は値段に見合った物だし、エリカはエリカらしく有り続けられている。
良い一日だ。
「そうですね、これからわたくしの夫がただ者では無いと世間に知らしめれば良いだけです」
……良い一日だなあ。
*
エリカ・ソルンツァリが夫に非凡さを求めるというのは、才能の塊のような彼女からすれば当然なのかもしれないが。
如何せんその相手は俺である。
自慢じゃ無いがただの貧乏子爵家の次男坊である。
師匠が優秀だったので学園に通っていただけの他の学生よりかは多少マシであるという自負はあるが、それにしたって学園の成績優秀者と比べると見劣りがするはずだ。
何よりその同じ師匠の元にいた兄姉弟子のエルザは俺より優秀だった。
つまりは俺の才能は大した事は無いのだ。
だがそれでも彼女がそう望むというのであれば、俺はそれに全力で応えようと思うのだ。
例えこの茶番劇が一年で終わるのだとしても。
「というわけで、大物を狙いましょう」
何が、というわけなのかという疑問は捨てた。
「まずはランクを貴方に相応しい物にしますわ」
早朝、冒険者装備で連れて行かれた食堂での事である。
最初は俺の思い過ごしなのかと考えていたのだが、どうもエリカは俺の事を過大評価しているのではないだろうか?
俺なんてたまさか、人格的にはともかくとして、良い師匠に早くから付けただけの平凡な人間だというのに。
「とりあえずはあのギルド職員が言っていたランク7を目指しましょう」
ランク7の冒険者はとりあえずで目指す物ではないんだがな。
ちなみに冒険者のランクを分かりやすく説明すると。
ランク1から4は人間の範疇、ランク5から6は人間の範疇からは逸脱しだしてる。
ランク7からは完全に人間の範疇から外れている人間の事だ。
ちなみにランク10は名誉みたいな物で、冒険者ギルドの
学園を卒業するとランク4か5程度の実力を持っているとされているので学園の育成能力は本物だろう。
なにせ平民の冒険者は数年の時間と命を賭けてやっとでランク3になるのだから。
また6から上には大きな壁があると言われ、このランク帯の人間は貴族平民問わずに稀少になってくる。
実際には依頼の達成率などが加味されてのランクとなるので、想像以上にランクを上げるというのは難しい。
つまり平たく言えばとりあえずで目指す高みではない。
「俺としては余り目立つ行為を避けたいんだが」
実際の問題としてはランク7になれるなれないより、そちらの方が重要だ。
君が望むのなら何であっても目指すという言葉を飲み込み考える。
俺が目立つ分にはどうとでもなるが、エリカが目立つ事で教会がどう動くかも分からない上に、エリカは刺客に狙われているのだ。
襲撃は一度きりだがアレで終わると思うほど楽観的にはなれない。
正直に言えば相手の組織か依頼者が分かるまで引きこもっていたいぐらいだ。
どちらかが分かれば簡単だ、万難を排してでも、いや万難のただ中であろうと組織を壊滅させるか依頼者の首を取れば良いだけの話だ。
俺だけで難しいなら宰相殿の力を借りれば良い。
彼女の輝かしい未来を奪った連中を許す道理などない。
更には命まで狙うような理不尽を強要してくるような連中だ。
慈悲などかけてやるものか。
「そんな怖い顔をする程に嫌なのですか?」
エリカの声にハッとする。
いかん顔が強ばっている。
というか奥歯がちょっと痛い。
「いや違う、ちょっと違う事を考えてた」
顎をさすりながら言うとエリカが溜息をつく。
「何を考えていたかは何となく分かりますが」
エリカが呆れている。
もしかしてキモいとか思われたのだろうか?
一年程度で側を離れるという約束をしている茶番劇の相手程度が必死すぎるとか思われてるのだろうか?
どうしよう、そうだったら死ねる。
どうにかして、軽い感じにいやちょっと君を害しようとする連中の首を取ってくるよみたいなノリにならないだろうか。
無理か、無理だな。
「まあ貴方がそうしたい理由も分かりますが、
「俺はただ……」
「いえ貴方がこの茶番劇に真剣ではないと言っているわけではございませんわ。それはその、分かります」
小声でわたくしを妻と呼んでくれますし、とエリカが呟く。
突然に照れるとかやめてくれませんか!
叫びたい衝動を抑える。
「ですが、だからと言って
彼女がテーブルの向こう側から真剣な目を向けてくる。
「わたくし達が歩む道は覇道でも王道でもございませんわ、常道です。常道を歩むに誰に
君の常道とはそんな物騒な物なのか。
そう思うとなんとも楽しい気分になってくる。
彼女が常道と主張する道を二人で歩むのだ、阻む万難全てを排し黄金の魔力で舗装された道を。
俺にはもはや貴族としての常道は無い。
なら彼女の歩む常道に付き合えるだけ付き合うのだ。
ああ、なんと素敵な話だろう。
教室の端から横顔を盗み見る平凡な小心者が、彼女の歩む常道を共に歩けるのだ。
その隣で。
気が付けば俺は笑みを浮かべていた。
「分かったエリカ行こう、その常道」
どこまで付き合えるかは分からないけども。
君が俺を要らないというその日まで共に歩むよ。
そんな思いを彼女が汲み取ったのか、それとも俺には分からない他の何かにか。
エリカは俺の笑みに実に挑戦的な笑みを浮かべ応えた。
*
と、ここで終われば今日一日の始まりとしては最高だった。
なんだったらこのまま二人で魔境の奥地に挑戦すらできた。
いやもちろんエリカは無謀ではないのでそんな事はしないが。
そんな俺の高揚した気分を一撃で粉砕したのは、ここ二日ほど偶然とは言え連日聞いた声だった。
「やっと見つけましたよロングダガー夫妻!」
食堂のドアを騒々しく開けてそう叫んだのは教会のシスター、シャラだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます