第35話 追放侯爵令嬢様は信心深い2
ソルンツァリ家には二つ名がある。
基本的には貴族や王族であっても二つ名とは個人に付く物だ。
“裁定王”トゥーリア・ファルタールや“西方疾走”コルタス・バンバニール等だ。
だがソルンツァリ家だけは家に二つ名が付いている。
それは一族揃ってまるで伝統のようにの二つ名に相応しい行動をするからだ。
ソルンツァリ家はこう呼ばれている。
“孤児の守護者”ソルンツァリ家と。
「ええ、テペは孤児院の壊れた鉄器の修理を無償でしてくれているんです」
「教会の覚えが良くなると教会からの仕事が貰えますからね」
シャラが誇らしげに友人を自慢しながらエリカの質問に答え、テペはそれを素直には受け取らない。
気安い遣り取りに二人の関係性が見える、やはり友人なのだろう。
「その孤児院とはどういった物なのです?」
もう明らかにそわそわした様子でエリカが問う。
ソルンツァリ家のこの孤児院に対する奇妙な程の情熱はいったい何なんだろうね?
貴族が孤児院を支援するのは然程珍しい事ではないが、ソルンツァリ家のそれは
「冒険者ギルドが運営している孤児院ですね、我々教会もお手伝いさせて頂いてます」
冒険者ギルドが孤児院を運営しているというのは如何にも冒険者の街ヘカタイらしい。
他の街では教会が運営しているのが一般的だ。
死ぬ事が日常として身近な冒険者がこれ程集まっている街も珍しいので、ヘカタイで冒険者ギルドが孤児院を運営するのは不思議な事では無いのだろう。
「その孤児院では募金などは受付ていらっしゃるので?」
孤児院が募金を受け付けているのは当然、と感じるかもしれないが孤児院によっては募金を受け付けていなかったりする。
実質的に貴族が運営しているような孤児院などがそうだ。
その場合は貴族の面子が関わってくるので募金を受け付けてなかったりする。
普通の平民はそんな事は知らないのでエリカの質問は実に貴族的ではあるのだが、シャラは特に疑問にも感じなかったようである。
「勿論、いつでも誰からでも受け付けていますよ」
なんでしたら今からでもご案内しましょうか?
そう言ったのはシャラの半ば冗談だったのだろうが言った相手が悪かった。
「そうしたいのは山々なのですが、わたくし達はこれから装備の確認を兼ねて適当な魔物でも狩ろうと思っていまして」
いつの間にそんな予定になっていたのだろうかと思いながらも、確かに新調した装備の確認は早めにしておきたいので異論は無い。
「ですので貴方にお預けしますので孤児院に届けて頂けますか?」
そう言ってエリカがシャラに渡したのはゴールデンオーガの魔石を売った金の入った革袋だった。
かなり使ったがまだ十分残っている革袋は中身の殆どが金貨なので見た目以上に重い。
「え?」
エリカの流れるような所作に自然と受け取ってしまったシャラが革袋の重さに戸惑った声を上げる。
「それではわたくし達はこれで、後はよろしくお願いしますわ」
「え? え? え?」
エリカはそう告げると、見た目以上に重たい革袋とエリカとの間を視線をさ迷わせるシャラを無視して出て行ってしまう。
ちょっと自由すぎやしませんかね?
戸惑うというより混乱に近いシャラを見て同情する。
「まあ、うん、持って行く時は道中気を付けて」
俺は苦笑を噛み殺しながらもシャラにそう声をかけてエリカの後を追った。
*
「やってしまいました」
追いついた俺にエリカが真剣な声で言う。
「貴方の許可も無く二人で手に入れたお金を全額寄付してしまうとか、これは妻としては失格なのではないでしょうか?」
あの金額を躊躇無く寄付しようとする事自体が、妻として云々の前に普通ではないので悩む所が違うんじゃないかな、と思いつつも首を横にふる。
「生活費に困っているわけでもないし、君らしくて良いんじゃないか」
「そういう問題では無いでしょう」
どうも真剣に悩んでいるらしく、珍しくその顔は暗い。
もしかしてこれは落ち込んでいるのだろうか?
あのエリカ・ソルンツァリでも落ち込む事はあるのだという当たり前の事実が嬉しい。
きっとそれは普通は人に見せない面だから。
「人には良かれ悪しかれどうにもならない性分があるもんだ、それが君の場合はたまたまソルンツァリ家の家訓だっただけだ」
俺の言葉に家訓というわけではないのですがという声を無視して言う、勢いが無いと言えそうにないから。
「俺は君のそういう性分を好ましく思うよ」
一瞬だけ何かを言おうと口をモゴモゴと動かすとエリカは顔を伏せて言った。
「貴方がそう言うのでしたら」
俺はその言葉に満足して頷く。
エリカ・ソルンツァリにはエリカ・ソルンツァリらしくいてほしい。
その為なら俺はあらゆる努力を惜しまないだろう。
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