第34話 追放侯爵令嬢様は信心深い1

 教会、それは神のしもべを自称する集団の事だ。

 教義はただ一つ。


 弱者を救え。

 本当にただそれだけだ。

 そして彼らはその教義に忠実だ。

 それこそ上から下まで全員と言って良い。


 もちろん集団になれば派閥はできる、出来るが彼らの派閥はどうやって弱者を助けるかで派閥が出来るというのだから筋金入りだ。

 弱者を救う、を本気でかつ全力でやる彼らは各国いたる所に教会があり、その横の繋がりは強くまた民衆からの支持は絶大だ。


 彼らは世俗の権力からは縁遠く下っ端の神父シスターから上層部に至るまで神の御技である魔法を極めんとする魔法の達人集団である。

 王家や貴族からするとあまり好ましい集団とは言えないが、それ以上にその存在にはメリットがある。


 彼らはその教義に従って弱者救済を積極的におこなっており、王家や貴族からすれば勝手にやってくれるなら歓迎するというわけだ。

 教会が世俗の権力には興味が無いというのも彼らからすると都合が良かった。


 というわけで教会と権力者達は基本的にはお互いを尊重しつつも基本的には不干渉という関係を長年続けている。

 まぁ、流石に光の巫女暗殺を計画したとなると不干渉等という話は飛んでいったが。



 *



 思わず舌打ちしそうになるのを我慢した。

 ヘカタイは大きな街である。


 教会に近づかなければ早々出会うような事は無い、そんな甘い考えをしていた自分を呪い殺したい。

 シスターは大きく膨らんだ紙袋を抱えながらワタワタとこちらに近づいてくる。

 出来れば無視して店から出たいがどう考えてもそれは難しいだろう。


「ロングダガーご夫妻でしたよね!」


 紙袋から顔を覗かせるようにしてシスターが言った。

 思わず人違いですと言いたくなるが、エリカが何故か笑顔でそうですと答える。

 シスターは紙袋をカウンターに置くとペコリと頭を下げた。


「あの時はありがとうございました、おかげさまで私も村も無事でした」

「いや、俺達は依頼をこなしただけだ」


 俺の答えにシスターが微笑む。

 なるだけ素っ気なく答えたつもりだったが、微笑むような要素があったか?


「ええ、ただの少女からの依頼ですね」


 シスターの答えに内心舌打ちする。

 事情を知られているなら、教会関係者ならそう思うだろう。


 少女の頼みを無償で聞き届けた冒険者と。

 教会関係者からの覚えが良くなって良いことなんてこちらには無いのだ。


 というか忘れてくれとすら思う。

 俺はどうにかして会話を打ちきって別れたいと考えを巡らすが、横から声が挟まれる。


「シャラ、盛り上がっている所悪いんだけど自己紹介ぐらいしたらどうです?」


 いや盛り上がってないが。

 テペがカウンターに置かれた紙袋の中身を確認しながら言う。

 態度がかなり気安いので知り合いか何かだろう。

 友人みたいな気もするが。


「ああ、すいません。シャラ・ランスラと申します。見ての通りシスターをしております。先日は私と村の危機を救って頂き大変ありがとう御座いました」


 自己紹介とお礼を一纏めに済ませるとシャラがこちらをキラキラした目で見てくる。

 なんだろう? と内心で考えていると隣に立つエリカから肘鉄をくらう。

 そこで気が付いた。


「俺はシン・ロングダガー、彼女が“妻”のエリカ・ロングダガー、見ての通りの冒険者だ。なのであれは仕事だから気にしないでくれ」


 出来れば名前も名乗らず退散したいという思いで自己紹介を返すという基本的な礼儀すら忘れていた。

 正直に言えば今も告げたくなかったが。


 なんなら偽名を教えれば良かった、いやそれは駄目か後から揉めそうだ。

 さて自己紹介も剣の補充も済んだしさっさと出て行こう。


「お怪我の方はよろしいので?」


 そう思っていた矢先にエリカが会話を続けてしまう。


「はい、お陰様でゆっくりと治療できましたので」

「なに、シャラあんた怪我したの?」


 テペの驚いた声にシャラが頷く。


「はい、怪我をした村人を治療に行く途中でゴールデンオーガ三体に襲われまして」

「良く無事だったね!?」

「はい、そこのロングダガー夫妻に助けられましたので」


 テペが数瞬だけ思案顔をする。


「ゴールデンオーガ三体を二人で討伐したんですか?」


 恐る恐るといった感じで訊いてくるので頷いてみせるとテペが頭を抱えて天をあおいだ。


「しまった!もっと吹っ掛ければ良かった!」


 正直な人だな、実はこの人商売に向いていないんじゃないのか?

 いや向いていないのを自覚しているからこういった特殊な売り方をしているのだろう。


 いやしかしそういう事かと納得した。

 シャラが少女からの依頼云々を知っていたのは、あの父親の治療の為に村に呼ばれたからなのだろう。


 教会と冒険者ギルドは、どちらも弱者を守る為というお題目を掲げている関係で良好なのだ。

 あまり覚えが良くなってしまうと、教会からの指定依頼とかがきそうで避けたいのだが。


「ところでそちらのご用は宜しいので?」


 エリカがチラリとカウンター上の紙袋を見て言う。

 お、いいぞ、これでこの場を離れる流れに出来る。

 そちらのご用事を邪魔してはいけませんのでってわけだ。


「そうだった、テペ」


 シャラがテペに身体を向ける。

 良いぞ、これでさりげなく横を抜けて店を出られる。


「頼まれていた孤児院の修理品を持ってきましたよ」


 その言葉、孤児院を聞いた瞬間。

 俺は自分の計画が脆くも崩れ落ちたのを自覚した。


「孤児院……ですか?」


 エリカが呟くように尋ねる。

 あーそうなるよねー。

 俺は遠い目をしないように注意しながら無表情を保った。

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