第29話 追放侯爵令嬢様と買い物しよう1

「シン、冒険者のランクとはなんなんです?」


 それは夕食を取ろうと入った食堂での事だった。

 当然ながらエリカは料理など作った事がなく、俺も出来ないわけではないがエリカに出せるような料理を作れない。


 俺が知っている料理と言えば冒険者が野外で作るような料理ばかりだ。

 師匠も兄姉弟子も食べる物に対して味という物を求めない人間だった為に俺が覚えた料理もそんな物となった。


 なのでそんな二人が日々の食事を取ろうとすれば必然的に外食となる。

 元々冒険者が自炊をするというのは時間的に難しいのでヘカタイに冒険者向けの食堂や酒場が数多くあるので困る事はなかった。


なにってのはどういう意味で?」


 俺は油で上げた芋を嚥下えんかしながら聞き返した。

 ちなみにゴールデンオーガの魔石を売った金があるのでちょっとお高めの食堂である。


「貴方が何度か冒険者のランクを言った時、わたくしはそれを強さを表していると思ったのですが。それでしたらゴールデンオーガを倒した事で何故ランクが上がらないのです?」


 それは良くある勘違いだった。


「ゴールデンオーガはギルドが緊急討伐対象にするような魔物なのでしょう? それを討伐できたというのは十分な強さの証明になると思うのですが」


 エリカはランクが上がらなかった事に対して不満や不平があるわけではなく、単純に疑問に思っているようだった。


「確かに冒険者のランクは強さのランクでもあるな」


 軽く水で唇を濡らしてから言葉を続ける。


「でも強さだけではランクは決まらない。ランクを上げるには依頼の達成率なんかも重要になってくるんだよ」


 俺はフォークを指揮棒の様に揺らしながら説明する。

 エリカは幸い無作法を無視してくれた。


「単純に強いだけでは高ランクにはなれないのさ」


 ただし――。


「弱い冒険者が高ランクになる事もないけどね」


 なるほど、とエリカは言った。


「だとしたら依頼自体は失敗したわたくし達の評価は低いのでしょうね」


 エリカはさもその事が面白そうに笑う。


「一から始めるどころかマイナスからですわね」


 エリカが嬉しそうに目を細める。

 獲物を見つけた目、もしくは目標を。


「面白いですわ」

「君が楽しそうで何よりだよ」


 俺は心の底から本心でそう言った。



 *



 翌日俺達は街の商店が集まる地区へと買い物に出かけた。

 主な目的はエリカの冒険者としての装備の調達と、粉々になってお亡くなりになった俺の剣の替わりの調達だ。


「これは……」


 エリカが困惑気味の顔で俺に差し出してきたのはやたらと露出の高い鎧だった。


「大丈夫なのですか?」


 そうだな、俺もこれを店に並べようと考えた店主の正気を疑う。


「そういうのを好んで使う冒険者もいるな、いわゆる急所だけ守ればそれで良いって考え方だ」

「なるほど」


 とエリカが頷くが、間違ってもそれを選んでくれるなと願う。

 俺の正気がもつ自信が無い。

 なぜか期待のこもった目でこちらを見る店主にはすでに正気はないようだが、俺にはまだある。


「ついでに言うとそれだけを身につけるっていうのは、それを好む冒険者の中でもハードコアな奴だけだな」


 店主が舌打ちするが、睨み付けると不自然に視線を逸らした。


「エリカは典型的な魔法剣士タイプだからな、装備の選択肢としては有りなんだが……」


 店主がガッツポーズを繰り返す。


「身体強化の強度からすると純粋な剣士タイプでも通用するからお勧めはしない」

「そうですね、勧められても少し困りますわ」


 そう言ってエリカが露出過多の女性用の鎧を棚に戻す。

 エリカの背後で店主が歯を食いしばりながら悔しがっているが無視だ無視。


 というか何なんだこの店は、というかあの店長は何なんだ。

 ギルド職員のラナからの紹介じゃなかったら速攻で出て行ってるぞ。


 それにしても腹立たしい事に品揃えは豊富だし値段も安いし品質も良い。

 店長の奇態以外はどう考えても良い店だ。

 俺は魔物の革製の小手を手に取りながら世の不条理を考える。


「ところでシンは、好みの色とかあります?」


 エリカが店の品物を眺めながら訊いてくる。

 色、好みの色ねぇ。


「特にこれと言っては無いが、強いて言うなら青だな」

「何故なんです? それに好きな色というわりには青色の物は持っていないようですが」


 俺は自分の姿を見下ろす。

 汚れが目立たないように黒が主体で、色と言えば革ベルトの茶色程度。


 好きと言った青色はいっさい無い。

 俺は苦笑しつつ答える。


「青色が好きなのは空の色だから。身につけてないのは好きな物ほど気後れするたちだからだよ」

「なるほど実に貴方らしいですわ」


 ひどく納得されてしまう。

 というかどちらの答えに納得したんだろうか?

 エリカがフムと頷く。


「わたくし決めましたわ」


 エリカはそう言ってカウンターの方へと歩いていってしまった。

 置いて行かれた俺は外で待つかと、カウンターで店主に話しかけているエリカに告げて店を出た。

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