第27話 追放侯爵令嬢様は強い3
「自分の愚かさに愛想が尽きそうです」
俺が迫り来るゴールデンオーガの脚から目を背けたい衝動に耐えているとそんな声が聞こえた。
身体強化を使っていると思考と行動との時系列が狂う事が良くある。
今回もそうだった。
強化された聴覚がその声を捉えた瞬間に、思考が追いつくより先に俺は笑っていた。
ゴールデンオーガの右脚が、俺を蹴り飛ばそうとしていた脚が膝の下から消滅した。
ゴールデンオーガが痛みに絶叫しながら転倒する。
右脚から吹き出た血液が畑にまき散らされる。
危うく転倒するゴールデンオーガに巻き込まれそうになりながらも剣から手を離せた俺は尻餅をつく。
「本当に今回ばかりは自分自身が嫌になりますわ」
エリカがこちらの方までまき散らされるゴールデンオーガの返り血を風魔法で適当に散らしながら独りごちる。
「あまりに反省点が多すぎて数え上げるのすら情けなくなりますわ」
そう言って剣を鞘に戻しながら一歩ゴールデンオーガに近づく。
ゴールデンオーガが無事な左足とまともに動く左腕でエリカから離れようともがく。
「威力の加減が駄目、彼我の間合いの取り方も、先の展開の読み方も甘い、ましてやシンに良いところを見せたいと傲慢な考えが浮かんだ点などは恥ずかしすぎて危うく淑女らしからぬ言葉が口からでそうですわ」
ゴールデンオーガが必死になって彼女から離れようとあがく。
柔らかい畑の土に不格好な溝が出来る。
「なのでこれから行うのは八つ当たりですの。お分かりにはならないでしょうけども本当に悪いことをすると思っていますのよ?」
ゴールデンオーガが叫びながら這いずり逃げる。
「うわぁ」
俺は尻餅をついたままその光景を見て思わず声を漏らした。
揺らめく黄金の魔力が馬鹿らしいまでの密度で空中で形になるのを見た。
数えるのも馬鹿らしい数の火矢。
エリカが溜息に似た息を吐く。
瞬間火矢がゴールデンオーガへと降り注ぎ、火矢が空気を切り裂く音と大量の爆発音で耳がおかしくなりそうになる。
ゴールデンオーガの姿が見えたのは一瞬だけだった。
俺はゴールデンオーガの為に祈った。
それ以外に何をしろってんだって光景だった。
*
巻き上がった土埃を風魔法で吹き飛ばしながら振り返ったエリカは何故か恥ずかしそうだった。
自慢げでも鬱憤を晴らしてスッキリしているわけでもなく。
恥ずかしげに伏し目がちにこちらをチラチラと伺うように見てくる。
何これ可愛すぎるんだけど。
俺はズボンに付いた土を払いながら立ち上がる。
「魔石は残ってるかな?」
俺は穴だらけになった畑を見て言った。
幸い作物は収穫した後なので文句を言われる事は無いだろう。
エリカは瞬間、何かを言おうとして言葉を飲み込むと俺から視線を外し言う。
「今度は大丈夫でしてよ」
「怪我は?」
無いのは分かっていたが念の為に訊く。
「それはわたくしの台詞ですわね、
エリカが両手を胸の前で弄り出す。
何かを言い淀むエリカなど二度と見れないのではないかと、俺はその姿を心に焼き付ける。
「その……助かりました、感謝します」
「どういたしまして。それにこちらこそありがとう、おかげでファルタールまで蹴り飛ばされなくて済んだよ」
感謝の言葉を言うのが恥ずかしがるとか、可愛いなぁホント。
そんな事を考えているとエリカはまだ両手を胸の前で弄っていた。
何だ? と小首を傾げる。
「それと……ごめんなさい」
「何が?」
「貴方の剣が粉々になってしまいました」
俺は中身の無い鞘を
貧乏子爵家の次男坊でもやせ我慢ぐらいは出来るのだ。
*
驚いた事に村長は逃げていなかった。
ゴールデンオーガの魔石だけを回収した俺達が村の入り口へと戻ると、村長とシスターの信じられない物を見る目に迎えられた。
そういう視線に慣れてない俺は挙動不審になりそうになるがエリカは慣れたものなのか堂々とした態度でこう言った。
「村長さん、これで宜しいかしら?」
村の入り口まで帰る途中で説明したので、今やエリカも村長のやろうとしていた事を理解している。
村長がやろうとしていた事とは単純な話で、冒険者ギルドへの依頼料の節約だ。
ゴールデンオーガなどの強い魔物の討伐依頼となるとギルドへ払う依頼料が高くなる。
それを嫌った村長は、ボンボを餌に冒険者を呼び出しその冒険者がゴールデンオーガを目撃してギルドへ報告する事を期待したのだ。
ゴールデンオーガ等の危険な魔物は村や街の近くで発見されれば緊急討伐対象となる。
つまりは依頼料を払う事なく討伐して貰えるのだ。
村長にゴールデンオーガの知識があったかは分からないが、オーガ自体はメジャーな緊急討伐対象である。
色が違う程度は気にしなかったのだろう。
普通は使われない手である。
当然ながら魔物は人間の都合など考えてくれないので人間側の都合で襲わないなんて事はなく、そんな危険な魔物に襲われれば村は壊滅必至だ。
だが条件が幾つか重なると、この危険な節約法を試そうとする村は意外と多い。
この村などは条件としては完璧だ。
冒険者ギルドがある街から近く、村には結界は無いにしろ魔物避けの魔道具がある。
魔物は理由がなければわざわざ不愉快になるような魔物避けの魔道具がある場所には近づかない。
幸い死者が出るような被害もなく、襲われても馬車であれば十分に逃げ切れる。
冒険者ギルドがある街からも近く早い対応が望まれる。
少しの危険を飲めば節約できる。
そう考えて村長は自身が思った以上の危険を飲んで節約しようと考えたのだろう。
エリカの言葉に村長は無言だった。
冒険者に対して肯定するわけにはいかないからだ。
四角い顔を更に四角くするかのように口をギュッと固く結んでいる。
エリカも返事を期待していなかったのだろう、一瞥しただけで柵にもたれ掛かったままのシスターへと近づいていく。
「お怪我は?」
こちらを信じられない物扱いする視線を向けられながらエリカは平然とシスターの怪我を案じた。
声を掛けられたシスターが驚きながらも応じる。
「先程よりかは……」
その言葉にエリカはさっと傷口を確認すると飛び出していた肋骨は皮膚の下に戻っている。
息はまだ荒いが死ぬような事は無いだろう。
「そうですか、それではわたくし達は依頼主に依頼達成報告がございますので」
怪我の確認だけ済ませると、さっさと立ち去ろうとしたのはエリカ自身が自分の立場を分かっているからだろう。
俺達は教会関係者と親しくするのは良くないのだ。
さっと離れる方がお互いにとっても良い。
「ちょ、ちょっと待ってください。あなた方はいったい」
立ち去ろうとする俺達の背中にシスターが声を掛けてきた。
無視しても良かった、というか俺は無視する気だったのだがエリカが立ち止まり言った。
「ヘカタイで夫婦で冒険者をしていますロングダガーと申しますシスター様」
エリカは軽く頭を下げると、まだ何か訊きたそうにしているシスターを無視して歩き出した。
小声で夫婦でとか言ってしまいましたわーとか言っていたが、俺はそれが茶番劇に対する不満の声ではないよう祈った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます