第26話 追放侯爵令嬢様は強い2



 *



 ゴールデンオーガ。

 魔物らしい安直な名前の魔物だ。

 その名前の通り、金色の肌を持つ大鬼オーガだ。


 安直な名前の魔物であるが厄介な魔物である。

 魔法が効きにくい上に皮膚は硬くその巨体から繰り出される攻撃は強力で、無防備に受ければ一撃で死にかねない。


 一般的な冒険者で言うと単騎で安全に倒すとなると、冒険者自身のタイプにもよるがランク7からと言われている。

 余程の実力者か余程の無謀者でも無い限りは単独で倒そうとは考えない相手だ。


 出来る出来ないの話ではなく安全性の問題で。

 ゴールデンオーガがこちらの姿を認めたのか咆哮を上げる。

 まだ遠いはずなのに魔力が乗った咆哮はビリビリと身体を震わせる。


「流石に同時の咆哮は迫力有るな」


 三体のゴールデンオーガの咆哮を受けてエリカが眉を顰める。

 これが村に到達したらどうなるかを想像したのだろうか?


「どれからやります?」


 三体のゴールデンオーガに怯んだ様子は欠片もなく、どれから片付けるかと訊いてくるエリカは格好いい。


「向かって右から、村に入れるわけには行かないからまずは相手の機動力をそぐ」


 ゴールデンオーガはこの辺りでは珍しい部類に入る魔物だが、ファルタール王国では割とメジャーな魔物だ。

 俺も師匠に良く討伐させられた。


 その時は三体同時なんて事は無かったが。

 俺の言葉を聞いてエリカの周辺に魔力が膨れあがる。


「まずは牽制ですわね」


 彼我の距離は百足程度、牽制とエリカは言ったが俺はその牽制の規模に目を見開く。

 エリカの周辺に火で出来た矢が数十本浮かんでいる。


 火矢と呼ばれる有名な魔法だが普通は一発ずつである。

 火矢を連射する人間は何人も知っているが、同時に大量に放つなんて事をする人間は初めて見た。


 黄金の魔力が煌めくと同時に火矢が放たれる。

 この威力は牽制と呼んではいけないよなぁ。

 俺はゴールデンオーガが迫り来る火矢に慌てて両腕で頭を庇い防御態勢をとるのを見て思う。


 ゴールデンオーガに降り注いだ火矢が、オーガ周辺で大量の小爆発を起こす。

 とてもじゃないが牽制で目にする光景ではないなと思いつつ身体強化を一気に引き上げた。

 柔らかい農道の土が爆ぜる。


「速い!」


 エリカの微かな呟きが既に遠い。

 エリカが呟いた時には俺は今だ身を低く防御態勢のままのゴールデンオーガの背後にいた。 

 無防備な足首を背後を走り抜けながら切りつけていく。


 ゴールデンオーガが苦悶の声を上げる。

 ゴールデンオーガが出鱈目に腕を振り回すが、その時には既に俺は距離を取り終えている。

 一拍遅れてエリカが俺の隣に到着する。


「ついていけませんでした」


 何故か不満げな声だ。


「少しぐらい男を立てるのが淑女の嗜みなんじゃなかったのか?」

「今は冒険者ですので」


 男を立てる云々の話も冒険者の時だったような気がするなぁと思ったが口にはしなかった。

 そこまで俺は馬鹿じゃ無い。


 それにゴールデンオーガが立ち上がってこちらを憎しみに満ちた目で睨み付けてきたからだ。

 互いに数足で攻撃の間合いに入る至近距離での睨み合いだ。


 師匠曰く、目を逸らした方が負ける距離らしい。

 ランク2か3の冒険者の速度に迫る早さでゴールデンオーガ達がこちらを三方から囲むように襲いかかってくる。

 足首を切り裂かれている割には悪くない動きだが遅い。


 俺が動くより先にエリカの魔力の行く先が、彼女が俺を信用してくれている事を教えてくれた。

 俺は最初に言ったとおり、右端のゴールデンオーガに向かって走り出し、エリカの魔力は残り二体の方へと向いていた。


 右端のゴールデンオーガが振り下ろしてきた巨大な拳を避けると同時に、その腕を踏み台にして駆け上がる。

 身体強化を最大まで引き上げると同時に剣にまで強化を広げる。


 魔法が苦手な俺の数少ない実戦で使えるレベルの魔法だ。

 効果は剣が頑丈になる、それだけだ。


 ちなみに名前は無い、何故なら使っているのが俺だけだからだ、少なくとも俺は他に知らない。

 師匠曰く、そんな馬鹿な魔法を使うぐらいなら頑丈な剣を使うしそんな器用な事が出来るのなら他の魔法を磨く、との事だが。


 貧乏子爵家の次男坊としては大変有用な魔法なのだ。

 何故なら。


 まともに切ろうとすれば刃こぼれ必須のゴールデンオーガの太い首を切り飛ばしても刃こぼれ一つしないのだから。

 ゴールデンオーガの頭が胴体から離れるのと同時に頭の無くなった身体が急速に変化する。


 金色だった肌色が急速に色あせ薄い灰色になったかと思うと、生物らしい柔らかさが失われる。

 そして俺が着地し振り返ると同時にガシャンという音を立ててバラバラに崩れ落ちた。


 魔物が死ぬと核と呼ばれる魔石を残して、その身体は魔石屑と呼ばれる薄灰色の結晶へと変わる。

 希に身体の部位等を残す事があるが今回は無かった。ツキが無い。


 残り二体!

 そう心中気合いを込めて、俺は四肢に更に力を込めた所で目に入ってきた光景に一瞬だけだが呆然とした。


 火矢につぐ多用される牽制用の魔法、シンプルで使い勝手も良く、威力の調整もやりやすい上に構築の容易さから火属性の魔法ならこれだけで良いとまで言う人間がいる。


 火球。

 その火球が二つ、残り二体のゴールデンオーガの顔面へと直撃した瞬間だった。


 ゴールデンオーガの金色の皮膚は魔法が効きにくい事で有名だ。

 威力が足りなければ弾かれる事も珍しくない。


 事実先程エリカが使った火矢は足止めは出来たものの防御に専念したゴールデンオーガに傷らしい傷は付けられなかった。

 魔法の威力は込める魔力の量と体内で構築する魔方陣の複雑さに比例する。


 素早く使える魔法は構築する魔方陣が単純でそれゆえに魔力を込めにくい。

 一般的に威力のある魔法を使おうとすると発動までに時間がかかるのは、魔力をより多く込めやすい複雑な魔方陣を構築する必要があるからだ。


 だがそれは単純な魔方陣では魔力を込められない事を意味しない。

 単に非効率なだけなのだ。


 その非効率をゴリ押しするとこうなるのか。

 理不尽だ。


 俺は火球を顔面に受けて仰け反るゴールデンオーガを見て思った。

 一体は辛うじて生きているが、もう一体の頭部は半壊している。


 火球でこの威力を出すのにどれほど出鱈目な魔力が必要なのか、俺には想像すら出来ない。

 一瞬の忘我はしかしゴールデンオーガの咆哮で打ち消される。


 頭部が半壊したゴールデンオーガが断末魔のように咆哮を上げる。

 エリカは油断などしていなかった。


 それ故に意識がもう一体のゴールデンオーガへと向いていた。

 そこへ叩きつけられた咆哮は断末魔のそれでありその命を振り絞った最大の物だった。


 身体を結晶化させながら発せられた咆哮がエリカから一瞬だけ身体の自由を奪う。

 酷く人間らしい雄叫びを上げて残り一体のゴールデンオーガがその両手を振り上げる。


 火球によって皮膚が裂け、肉が焼け爛れた顔面が雄叫びに合わせて歪み、肉が裂け骨まで見える。

 エリカの顔が一撃を食らう覚悟を決める。


 そんな事を許せるわけがない。

 気が付けばエリカとゴールデンオーガの間に身体を入れていた。

 いや、間に入る事は当然の事なのだが思考が行動に追いついていない。


 自分の喉から絞り出される雄叫びも、全身に供給される魔力にしても全てが思考を置き去りにしている。

 ああ、俺は馬鹿なんじゃないだろうか?


 振り下ろされるゴールデンオーガの腕を剣で払い除けようなんて。

 身体強化を限界まで引き上げていたが、それでも剣を握る手は巨大な岩にでも斬りつけたかのように痺れる。


 固い皮膚と分厚い筋肉に覆われたゴールデンオーガの腕がひしゃげあらぬ方向へ曲がる。

 あともう一本。


 まだ右腕だけしか払えていない。

 いやしかし無理をしてでも、もっと良い剣を買えば良かった。


 ゴールデンオーガの両腕を切り落とせたならこんなに苦労しなくても済んだのに。

 右腕を払った余勢をかって左腕に激突する剣が衝撃に震える。


 と、両手に予想外の感触が走る。

 剣がゴールデンオーガの左腕半ばまで刺さっていた。

 俺の剣は業物でもなんでもないただの量産品だ。


 強化出来るのを良いことに切れ味などには拘ってこなかったからだ。

 なので俺は知っている、自分の腕前と剣の切れ味では、特に固い部位であるゴールデンオーガの腕は切れないと。


 そういう事かクソが。

 俺は両手が痺れてなければ剣をはなせたのにと思いながらも覚悟を決める。

 ゴールデンオーガが剣が刺さった左腕を引き、それに釣られて俺の体勢が崩れる。


 飛び込んだ時点で元より無茶な体勢だったので抵抗すら出来なかった。

 ゴールデンオーガの顔が凶暴に歪むのが見えた。

 ゴールデンオーガの軸足に体重が乗るのが分かる。


 さて蹴飛ばされたらどこまで俺は飛ぶだろうか。

 俺の腹目がけて振り抜かれようとする丸太のように太い足を見て俺はそんな事を考えた。

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