第25話 追放侯爵令嬢様は強い1

 何を言っているのか?

 という疑問がありありと浮かんでいた。


 もちろんシスターの顔にである。

 教会のシスターと言えば日夜、業務として神の御技である魔法の修練を積む、そこらの冒険者以上に魔法に長けた人間ばかりである。


 教会の理念上、攻撃魔法の類いはその練度が落ちるとは言え冒険者で言えば一般的なランク5程度の魔法の実力はある。

 こちらがランク1の冒険者だと知っている村長に関しては完全にこちらの正気を疑っている顔だ。


 シスターの方は逃げろと告げた、見た目は帯剣しているものの一般人であるエリカの反応が理解できなかったからだろう。

 それにしても若いとは言え教会のシスターが手傷を負う相手か。


 アイツってのは何だろうな。

 俺は再び聞こえてきた魔物の咆哮を聞きながら考えた。


「村長、本当は村の周辺に何が出ていたんだ?」


 俺は知っていそうな人間に訊いてみる事にした。


「何の事だ」


 あれだけ目の前でアイツがとか言っていたのを聞かれていたのにシラを切ろうとする。

 まあ良い、すぐに分かる。


 俺は村長を無視してシスターに近づく。

 状況が分からないシスターは村長と俺のやりとりに戸惑いを隠せないでいたが気を取り直して真剣な顔をする。


「無駄話をしている場合ではありません、直ぐに逃げてください。私が必ず時間を稼ぎますから」

「エリカ」

「ええ」


 エリカがシスターの前で屈み、驚くシスターを無視して修道服の一部をおもむろに破る。

 シスターが驚き固まる。


「折れた肋骨が腹から出ていますわね」

「うえ」


 自分の状態を知らなかったのか、あえて確かめていなかったのか、シスターが自分の怪我の詳細を知って呻く。


「これでは相手が何にしろ、戦闘しようものなら何もしなくても死にましてよ」

「シスター、回復魔法は?」

「回復魔法は少しだけ、その……あまり得意じゃなくて」


 シスターが苦しそうな顔のまま恥じるという器用な事をする。

 教会では最優先で回復魔法等を教わるというので、得意じゃ無いというのは彼女にすれば恥ずかしい事なのだろう。


「そうか、じゃあ自分で少しは使えるな、俺達はこれから来る“アイツ”とやらを討伐してくる」


 シスターが首をふる。


「何を言っているんですか、アイツはあの魔物は」

 シスターが俺の知りたかったアイツの正体やらを教えてくれそうだったが、その必要は無くなった。


 そのアイツの姿が目に入ったからだ。


「ゴールデンオーガか」


 俺が視線を伸ばして相手を確認すると、シスターがああ、と呻いた。

 同意の声というより、何故か逃げようとしない俺達に対しての嘆きだろう。


「おい、あんた」


 俺は俺達がどかない為に逃げるに逃げられず、心底迷惑そうな顔をしている御者の男に声をかけた。


「村の外に逃げ出した村人にあまり遠くへ逃げるなと伝えておいてくれ」

「何を言っておるんだ」


 そう言ったのは村長だった。

 俺は村長を無視してエリカに頷く。

 何故かそれだけで通じる気がした。


 エリカは俺に頷き返すとシスターの腋に手を差し入れると、何をするのかと戸惑いの声を上げるシスターを無視して近くの柵に背を預けるように座らせる。

 荷台から立ち上がるのにも気力を振り絞ったのだろう、こういう時に座らされてしまうと直ぐに立ち上がるのは中々に大変だ。

 俺はあえて村長に言う。


「あんたの思惑とは違うだろうが、アイツは討伐してやるよ。お父さん思いの依頼主の依頼も受けてしまったしな」

「そう責めないでください。今度からは依頼を受ける前にはちゃんと相談しますので」


 村長の目には俺達はどう映っているのだろうか?

 自分の実力も分からないランク1の冒険者?

 それとも気が触れた若者二人だろうか?


 まあエリカの実力も分からないような節穴の目だ、何に映っていた所で大した意味はない。

 身体に魔力が行き渡る。

 足に力を込める。


「シスター様、しばしお待ちをすぐに片付けてきますわ」


 エリカのその言葉を合図に俺達は駆けだした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る