第24話 追放侯爵令嬢様は責任を取る4

 俺と目を見合わせたエリカは若干の戸惑いを直ぐに打ち消すと、ゆったりとした動きで幼女の前に進みでた。

 エリカは柔らかく微笑むと膝を折り幼女に目線を合わせる。


「ええ、そうよ。わたくし達は冒険者です」


 幼女は俺とエリカの顔をチラリと確認すると、一瞬だけ考えるそぶりを見せるとその目に真剣な決意を宿した。


「冒険者さんに依頼をお願いしたい、です」


 幼女の言葉を、その真剣さをエリカは子供の物だと馬鹿にする事は無かった。


「どんな依頼か聞かせてもらえますか?」


 幼女は何かを思い出したのか、一瞬だけグッと奥歯を噛みしめるとこう言った。


「パパに怪我をさせた魔物を退治してください」

「分かったわ」


 即答だった。

 うーん格好いい。


「でもごめんなさい、たぶんだけど貴方の御父様に怪我をさせた魔物はもう退治してしまったの。わたくしがやり過ぎてしまって証拠は残っていないのですが」


 エリカの謝罪に幼女は首を横にふる。


「違うの、小さいお猿さんの魔物じゃないの」


 ボンボが小さいお猿さん扱いか。

 俺は幼女のその発言を子供ゆえの物とは思わなかった。

 そして感じていた違和感がスッキリと収まる感覚がする。


 なるほど、村長は嘘をついているのか。

 これは……良くあるパターンの奴かな?


「すまないが君のお父さんの話が聞きたいんだが、案内してくれるかな?」


 俺はできるだけ優しく言ったつもりだったが、なぜか幼女が肩をふるわせ怖がると、エリカにまで睨まれた。

 何故だ。



 *



 幼女の父親は街まで村の作物を運ぶ役目を務めている一人だった。

 ちなみに今はその役目からは外されている、怪我をしているからだ。


 そして他の同じ役目の人間からは、居るとは教えられなかった人間だ。

 つまり村ぐるみで隠されていたのだ。


 幼女の父親は最初はシラを切ろうとしていた。

 怪我は農作業で負った物であると嘘をつき、娘がおかしな事を言ってすまなかったと謝罪すらした。


 だが俺が大凡おおよそ分かっている事を告げ、エリカが訥々とつとつと娘さんがあなたを心配し更にはかたきを打ちたいとまでわたくし達に依頼してきた気持ちをないがしろにするのかと責め。

 そして最終的には幼女が泣き出した所で折れた。



 幼女の家から出て俺は溜息をつく。

 まあ良くある事と言えば良くある事なのだ。

 特にこの農村の様にギルドがある街の近くの村などでは。


 さてこれからどうすべきか?

 俺がそんな事を考えた矢先だった。

 村へと全速力で駆けてくる幌の壊れた荷馬車が見えたのは。



 然程広くない村である。

 騒ぎは直ぐに広まり、荷馬車が村の入り口に到達する頃には大勢の村人が集まっていた。

 俺とエリカも何事かと少し離れた位置に立つ。


「村長大変だ! アイツが現れた!」


 御者の男が馬車を止めると同時に村長を見つけてそう叫んだ。

 一瞬だけ村長がちらりとこちらを見たが、御者の男は慌てていたのか、それどころではないと思っているのか構わず叫んだ。


「アイツこの村に来るつもりだ! 早く逃げないと!」

「なんだと!?」


 思わずといった感じで村長が叫ぶ。

 アイツが来る、その言葉に周りの村民達がザワつき始める。


 修羅場に慣れていない人間特有の不安に足を取られて決断を遅らせる愚行。

 それは遠くから聞こえてきた魔物の咆哮で容易くパニックへと変わる。


 決断を迷った時間だけ後悔からパニックを起こす。

 村人達は一斉にその場から逃げ出した。


 村長が一人声を上げて、なんとか秩序を取り戻そうとするがそれは最早難しい。

 御者の男はこの中で一番逃げやすい状態だったが村人が邪魔だったせいかまだその場にいた。


 通れるようになったら直ぐにでも逃げ出しそうな顔をしていたが。

 そんな御者の操る荷馬車から苦しげな息を吐きつつ女が出てきたので少し驚く。


 女は荷台から降りると言うより、ずり落ちるように地面に降りると荷台にもたれ掛かりながら村長に向かって言った。


「私が魔物を足止めします、ですから急いで避難を」


 俺はそう言った金髪の女を見て思わず顔をしかめた。

 シスター、教会関係者か。


 女と目が合った。

 女は血が滲む脇腹を押さえつつ微笑んでこう言った。


「あなた方も早く避難を」


 教会関係者に関わるのは出来れば避けたい。

 俺からすればエリカの輝かしい未来を奪った連中である。


 茶番劇の最中という立場的にも関わって良いことは何一つ無いのだ。

 ああ――だけど君は。

 君はこう言うのだ。


「ご冗談でしょう?」


 だって君はエリカ・ソルンツァリだから。

 俺はエリカの横顔を見てその距離の近さに心躍らされた。

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