第22話 追放侯爵令嬢様は責任をとる2
「それを信じろと?」
村長の反応は初手から良くなかった。
エリカの説明は簡潔で分かりやすかったが、それ故に良くなかった。
ランク1の冒険者がちょっと手加減を忘れて百匹以上のボンボの群れを全て灰にしちゃいました、と言って信じろというのも無茶な話ではあるが。
分かりやすく簡潔に説明した為に荒唐無稽感がマシマシである。
ついでに言えばエリカの服装もマズかった。
彼女の
防具すら付けていないスカート姿の冒険者なんてのは普通はいない。
いないのだが冒険者らしい装備は後から揃えるつもりだったので、今回は彼女が持ってきていた服から装飾の少ない地味目の物を選んで着ている。
つまり彼女は、見た目は地味だが良く見れば作りの良いちょっと良いところのお嬢さんが着るような服に剣帯を巻いて剣を吊している、というチグハグな格好になっているのだ。
実力を知っている俺ならこれでも問題は無いだろうと確信できるのだが。
知らない人からすれば良くない方向にハッチャケタ街娘にしか見えない。
ちなみに俺は初見のエリカに護衛の者と間違えられた事から察してくれ。
「とてもじゃないがランク1の冒険者がボンボの群れを跡形も無く焼き尽くしたなんて話を村を預かる身としては信じるわけにはいかんな」
日に焼けた四角い顔の村長は難しい顔でそう言った。
「まあ、そうなるよな」
半ばそうなると分かっていたので俺の言葉は軽い。
エリカの実力が分からないような節穴さは許しがたいが、村の責任者としては当然の言葉だ。
「ですがシン、このままでは村の方々に無用の負担を強いる事になってしまいますわ」
わたくしのせいなのに、とまでは口には出さなかった。
言った所で相手が信じていないので余計な不審を買うだけと思ったのだろう。
「信じる信じないは責任者の仕事であって俺達の仕事じゃないからな」
そうでしょ?
と視線だけで村長に問う。
村長は俺の問いを無視したが責任感の強そうな目がその答えを物語っていた。
「ですが……」
と、もう片方の責任感の強そうな瞳を持った人間が考え込むように呟く。
「ですが責任者をきちんと信じさせるのはわたくし達の仕事でしょう」
わたくしはそう考えますが、と視線で問いかけて来ていたが、何を言っても考えを改める気がないのは直ぐに分かった。
あのエリカが自分の失敗で誰かが不利益を被るのを
俺がうんうん、これがエリカだよなと頷いてると村長が呆れたように言う。
「そちらが何を言おうとこちらの判断を変える気はないぞ」
「ご安心を」
エリカが微笑む。
「わたくしこれでも冒険者ですの、説得もその流儀に
かつて光の巫女に近づこうとする数多の貴族令息を蹴散らした、人によっては生意気とすら思わせる強い光を灯した瞳でエリカはそう言った。
*
エリカが言う冒険者の流儀なんて物は無い。
あまりにも自信ありげに言うものだから、俺ですらそういう物かと思いかけた。
当然、村長はそういう物かと単純に信じてしまっていた。
信じた所で不利益は無い、というのもあっただろうが。
「狭いな」
「ええ、狭いわね」
俺の独り言にエリカが律儀に返してくれる。
俺達がいるのは村の端にあるボロ小屋だ。
農具入れとも言う。
エリカはあの後、村長と交渉したのだ。
数日間、あなた方が安心できるまでこの村に
ヨソ者が村にとどまる事を良しとしないのではないかと思ったが。
大きな街の衛星村であるだけヨソ者にも慣れているらしく、村としては特に不利益も無い為に話自体は受け入れられた。
このボロ小屋はエリカが交渉して数日間寝泊まり出来る場所を提供してもらったわけだが。
まぁ農村に無駄に空いてる空き家も宿屋もあるわけがなく、床が土ではなく板張りであるだけ感謝すべきだろう。
俺達は夕方まで村の周辺を地理確認の意味も含めて巡回すると、その日は村長の温情で借りられた毛布を床に敷くと眠りについた。
好きな人と同じ部屋で寝ているというのにドキドキしないのは如何な物かと。
ここ最近の旅でずっと同室で寝泊まりしていた為に慣れきってしまっている自分に疑問を感じながらも。
頭の中で明日からの予定をどうするかと考えていると、暗闇の向こうからエリカが声をかけてきた。
「謝罪いたしますわシン」
暗闇だからこそ、その声の近さにおののく。
「何が?」
そのおののきを悟らせないよう努めて平静に尋ね返す。
何となくだが暗闇の向こうでエリカが何か話そうとしているのではと思っていたので、突然謝罪から入ったエリカと言い、お互いに相手が眠っていない前提だった事に妙な可笑しさを感じる。
「わたくしの我が儘のせいで、貴方にまで不便を
「まあ……そうだな、確かにその通りだな」
一瞬だけ否定しようかとも思ったが、事実は事実だ。
ここで優しい言葉を掛けられればモテ男になれるのだろうかと思いつつも、冒険者としての自分がそれを邪魔する。
俺の一瞬の迷いを悟られたか、エリカが苦笑したような気がした。
「だけど嫌いじゃ無いよ俺は」
俺は明日の予定をとりあえずは頭の隅に避けて言う。
「そういう責任感の強さは俺は嫌いじゃ無い」
好きだとは言えずに嫌いじゃ無いと日和る自分が少し情けない。
情けなさを誤魔化す為かふと思い出す。
「それに妹弟子のせいでこういう事には慣れてる」
むしろ迷惑の度合いから言えばまったくもって軽い。
妹弟子のエルザは正直アレなので、こちらにかけてくる迷惑もアレなのだ。
「“串刺しエルザ”さんでしたか、詳しく聞いてみたいものですね」
気軽に言うエリカに思わず失笑が漏れる。
「馬鹿にしました?」
真剣ではない怒りが心地良い。
「知らないってのは幸せだって思ってるだけだよ」
暗闇の中でもエリカが笑顔なのが分かる。
「なおさら知りたくなりましたわ」
いつか近いうちに。
俺はそう約束して眠りについた。
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