第20話 追放侯爵令嬢さま、やっと冒険者になる2
冒険者ギルド内の様子も、ギルド職員の態度も、理由が分かってしまえば単純な事だった。
他国でとは言え、ランク9の冒険者である俺の師匠と、俺とは違い専業冒険者である為すでにランク7の兄弟弟子からの無茶な要求のせいだったのだ。
幾ら高ランクの冒険者であろうと当たり前なのだが、相当な馬鹿でも無い限り冒険者が冒険者ギルドを脅すなんて事はしない。
そりゃ冒険者の方々もそんな馬鹿が近々来るらしいと知っていて、噂に聞いた通りの風体の二人がギルドに入ってきたらそりゃ注目するだろ。
高ランク冒険者に脅され……お願いされていたギルド職員もビビるだろう。
本当にあの二人は何をしてくれたのか。
俺は真剣な頭痛を感じた。
誤解が解けてしまえば話は非常にスムーズに進んだ。
さすが別名冒険者の街ヘカタイにある冒険者ギルドである。
登録は非常に手慣れており殆ど待たされる事もなく俺とエリカの冒険者登録が終わる。
俗にギルド証と呼ばれる薄いカード上の魔道具をエリカは興味深げに眺めている。
ちなみに俺はファルタール王国での物があるのでそれにオルクラ王国の冒険者ギルドの情報を追加する形になっている。
ちなみに機能としては身分証程度の物でしかない。
分類上は魔道具になるが、その機能の大部分は偽造防止に使われておりオマケ程度に名前や現在のランクや討伐記録などが確認できるようになっている。
「それにしても貴方は随分と有名人でしたのね」
エリカがそう言ったのは街の出口へと歩いている最中だった。
「ニードルスパイダークイーンを単騎で討伐するとは、わたくし達の基準でも自慢できる事ですわ」
わたくし達の基準でも、というのは学園での基準でもという事だろう。
「一人でと言っても側には師匠が居てくれたからな」
誤解されないように言う、俺は確かに一人でニードルスパイダーを討伐したがあれは師匠の修行の一環だったのだ。
ランク9の冒険者が背後で見守ってくれている中での話だ、それを俺の純粋な実力とは思えない。
「そうであってもです」
エリカは何故か嬉しそうに否定する。
「貴方を
「大した人間じゃないよ俺は」
「あら? 謙遜ですか?」
エリカがそう言って俺の顔を覗き込むような仕草をする。
余りに可愛い仕草に思わず顔を背ける。
「成る程、照れているだけですか」
そう言ってエリカは笑った。
*
多少の遅れはあったが、俺達は当初の目的通りに冒険者登録をしたその足で魔物の初討伐に行く事にした。
その為にわざわざ早朝から冒険者ギルドへ向かったのだ。
ちなみに提案者はエリカである。
せっかくなのだから名目上ではなく本当に冒険者として生活するのも楽しそうですね、との事だが。
それが彼女が今回の茶番劇を乗り切る為の方便なのか、それとも本心からの言葉なのか俺には分からなかった。
ただ一つ言える事は。
「楽しそうだなぁ」
俺は辺り一面を火の海にしながら魔物を討伐しまくるエリカの姿を見てそう呟いた。
ヘカタイの街から身体強化を使って徒歩で南へ二時間ほどにある草原である。
ヘカタイの胃袋を支える農村の一つから街への道中に魔物が頻繁に出現するので討伐して欲しい、という依頼を見て適当に選んだのだが。
エリカという人間の初仕事にするには簡単過ぎたかもしれない。
目撃された魔物もボンボと呼ばれる長い爪を持った猿型の魔物で。
群れを作るものの強さとしてはランク2程度が狙う魔物で正直弱い。
俺でもそう感じる相手だ、エリカからすれば羽虫を払う程度だ。
問題があるとしたら。
そのエリカという人間に手加減という言葉を教える事を怠った奴がいるという事だろう。
ボンボは猿のような魔物のくせに草原に良く出現するのだが、特徴と言えば人間の小指程度の長い爪を持つ事と群れで行動する程度だ。
そのボンボ達は草原で俺達を見つけると襲いかかってきたわけだが。
まぁ有り体に言えば奴らは地獄を見る事になった。
エリカの視界に入る端から足下から吹き上がる炎の柱に焼き尽くされるのだ。
それも複数同時にかつ的確にボンボの足下だけに。
同時に三十程度の炎柱が上がる。
魔力が見える俺からすると、こちらに走ってくるボンボの群れに黄金の魔力がキラキラと一瞬煌めいては炎柱と絶命の悲鳴が上がるという地獄絵図である。
タイミング良く群れが集まる時間だったのかボンボの総数はおそらく百を少し超える程度だったのではないかと思うのだが。
エリカはその群れを、固まって突撃してこようが、散開して囲むように突撃しようが、囮を使って忍び寄ろうとしようが、全てまともに近づかせる事なく炎の海へと沈めてしまった。
ボンボは広く発生する魔物でファルタール王国でも発生する魔物だ。
弱いが群れで襲ってくるので勘違いした駆け出し冒険者が良く痛い目を見る相手だ。
初心者キラーとも呼ばれる事もあり、強さの割には冒険者から嫌われている魔物である。
それは安直な名前の魔物が多い中、ボンボという魔物らしくない固有名を付けられている事からも分かる。
だが今回は相手が悪かった。
俺はものの数分でボンボの群れを壊滅させたエリカを見て少しだけボンボに同情した。
「とりあえずはお疲れさま」
俺は延焼こそさせなかったものの、辺り一面を火の海にしたエリカに近づきそう言った。
とんでもない精度と魔力量に支えられた絶技とも言えるが如何せん相手の数が多かったので草原には幾つもハゲが出来てしまっている。
視界内で半径十メートル以内にハゲが無いのはエリカ周辺ぐらいなものである。
「存外、数が多かったですわね」
そう言う彼女に疲労の色はない。
むしろ満足げである。
おそらく彼女は初めて存分に魔法を使ったのだろう。
学園で見せていた彼女の実力は、今しがた目の前で広げられた地獄絵図からすれば児戯にも等しい。
周りに気を遣わず魔法を使うというのは学園では難しい。
単純に人が多いし場所も狭い。
なので初めての行為でちょっとばかりやり過ぎたからと言って、それは非難の対象にはならないだろう。
ならないだろうが、言わないわけにもいかないよなぁ。
俺は内心溜息をつく。
「エリカ、そのなんだ」
歯切れの悪い俺の言葉に満足げだった顔に疑問符を浮かべる、可愛い。
「言いにくいんだが」
「何です?」
ああ、言いにくい。
「依頼は失敗だ」
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