第19話 追放侯爵令嬢さま、やっと冒険者になる1

 俺は十二歳で冒険者になった。

 冒険者になるには少々早すぎる年齢だ。


 余程の理由が無い限りは普通は十二歳で冒険者になろうなんて思う奴はいない。

 当時は分からなかったが世の中はそう出来ている。


 平民はパン屋になろうと思えばなれたし、木こりになろうと思えばなれた。

 貴族である俺とは違い彼らには選択肢は多い。


 というわけで当然と言えば当然で、十二歳で暴力で命がけで魔物と戦って食っていこう等と決意するにはそれなりの理由が必要である。

 俺の場合はそれが全く無かった。


 あえて理由をあげるなら、冒険者になりたかった、ただそれだけだった。


 

 師匠曰く、それが良かった、そうだ。



 貴族丸出しの十二歳の子供を“親切なバルバラ”は自分の弟子にならないかと声をかけてくれた。

 師匠がランク9という怪物だと知る前の話である。


 しばらくして同い年のエルザが兄弟弟子になり、俺はそれから三年間、師匠の元で冒険者として鍛えられたのだ。



 *


 突然、天井を見上げて眉間を右手でつまみながら頭痛をこらえるように、あーと溜息をつく俺にエリカとギルド職員が不審な目を向ける。

 真実、若干の頭痛を感じながら俺はギルド職員に言う。


「その二人の言った事は全て忘れてくれ」

「ふぇ? それでは特別にランク7から登録を認めろとか言いません?」

「言いません」


 ギルド職員の顔が少し明るくなる。


「そう言いつつ断ったらギルド職員全員を串刺しにとか」

「しません、あとエルザも流石にギルド職員は串刺しにはしません」


 更に顔が明るくなる。


「それじゃあ特別扱いしなくても“親切なバルバラ”がギルド長に親切をしにくる事もないと?」

「すまん、それはあるかもしれない」


 ギルド職員が一瞬だけ考え込むが、ぼそりとギルド長だけならと呟き安堵の溜息を吐く。

 ギルド長可哀想。


「良かった……本当に良かった……ギルド職員一同、揃って“身分不相応なロングダガー”様に感謝申し上げます」


 ギルド職員が若干涙ぐみながら俺に礼を言うが、どう考えても礼を言われるような立場ではなく。

 逆に俺が謝らなければならない立場だ。


 いやあの二人が何を言ったかは分からないが、本当にすまない。

 心中で謝りながら、ついでなので言っておく。


「あと俺に二つ名なんて無いから、ロングダガーなりシンで構わないよ、あったとしても二つ名で呼ばれるとか恥ずかしいしな」


 俺の言葉にギルド職員の女性が小首を傾げる。


「ロングダガー様の二つ名は正式にギルドに登録されておりますが?」

「は?」

「ランク1でシールドブルの群れを一人で撃破し、ランク2ではランサーパイソンを、ランク4ではニードルスパイダークイーンを同じく一人で討伐し、それらは正に当人のランクからは身分不相応の相手である、更には貴族でありながら平民の冒険者にこうべを垂れて教えをうという向上心の高さ。まさに“身分不相応のロングダガー”の二つ名に恥じない冒険者である」


 唖然とする俺の目の前でギルド職員が本を開いてスラスラと読み上げる。


「何なのそれ」

「冒険者ギルド名鑑ですが? 二つ名を正式にギルドに認められると掲載される事とになってます」

「名乗った記憶なんて俺には無いんだが」

「二つ名推薦者バルバラと書かれてますね」


 んー!

 んーー!

 んーーーー!

 出来れば今すぐ叫びたい衝動に駆られる。

 師匠の親切の被害者はだいたいがこの状態になる。


 被害者の立場には殆ど立つ事は無かったが、久しぶりに“親切なバルバラ”の親切の被害にあうとなかなかに堪える物がある。

 俺は叫びたい衝動をグッと堪える。

 顔が若干引き攣っていたかもしれない。


「そうか、教えてくれてありがとう」


 俺は何とか絞り出すようにお礼を言った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る