第16話 追放侯爵令嬢様、冒険者になる2

 オルクラ王国、マキコマルクロー辺境伯領、二重結界都市ヘカタイ。

 国境を越えてから三日、エリカの、俺達の目的地に到着した。


 ヘカタイはその名の通り、街を二重の結界で包む要塞のような街だ。

 辺境伯領で最も重要な国防の要となる街であるが、ファルタール王国とオルクラ王国は友邦である。


 そも辺境伯領自体がファルタール王国との国境には面していない。

 マキコマルクロー辺境伯は人間から国を守っているわけではない。

 魔境と呼ばれる地域から国を守っているのだ。



「書物で読み知っていましたが、実際に見ると凄い物ですわね」


 エリカが街の中央部を囲む結界を見て言った。

 俺達の背後には先程通過した結界がある。

 結界の中に更に結界がある、というのはここ以外では見ることの無い光景だ。


 そして街の雰囲気そのものが独特だ。

 魔境が近くにある、という事はそれだけ魔物がいるという事だ。

 すなわちそれは冒険者の仕事場だ。


 なのでヘカタイは二重結界と同等に冒険者の街としても有名だ。

 街中に武装した平民がそこら中にいるという光景は早々見れる物ではない。


 真っ当な貴族なら不安を感じる光景だろうが、残念ながら俺は真っ当な貴族からは外れてしまっているので特にという感じだ。

 ファルタール王国では一つの街にここまで冒険者が集まっている街は無い。


 領土内に魔境が無いのも理由だが、ファルタール王国では魔物の発生頻度自体がそこまで高くないからだ。

 そのかわりと言いたげに強い魔物が発生しやすいのだが、まぁそれは置いておいて。


 しかし魔境のあるオルクラ王国ではそうはいかない。

 何せ魔境はありとあらゆる魔物を発生させるし数も多い。


 魔境のせいか領土内でも魔物の発生頻度は多く。

 魔境から発生する魔物を放置すれば、魔境自体が大きくなる。


 幸いにも強力な魔物は魔境の奥地からは殆ど出てくる事は無いが、代わりに弱い魔物からそこそこの魔物は溢れるように湧いてくる。

 当然ながら国はそんな物を放置できるわけもなく、騎士団やら何やらで対処するのだが。


 いかんせん魔物だけに拘泥こうでいしているわけにもいかず、他国からの侵略に備えたり国土の治安を維持したりと国は色々と忙しい。

 というわけで国だけでは魔物への対処が難しくなった、ので出来たのが冒険者ギルドだ。


 そう、今や色々な国にある冒険者ギルドが一番最初に出来たのがオルクラ王国と言われている。

 更にはその本部があるのがここヘカタイだ。


 というわけで俺達は剣やら槍やら斧やらを持った住人が平然とあるく、真っ当な貴族なら目眩を起こしそうな街へと到着したのである。



 宰相殿が用意した住居は住み心地良さそうな小さな家だった。

 小さいと言っても庭もあるしへいもある。


 あくまで貴族基準なら小さいになるが、平民基準なら普通かちょっと良いくらいだろう。

 ご近所の家々を見ればどれも小綺麗なので地区の治安も良さそうである。


 個人的には何一つ不満は無いのだが、さて彼女はどうだろうか?

 何と言っても侯爵家の娘である。

 こんなみすぼらしい家になんて住めませんわ、と言われれば流石にちょっと困る事になる。


 豪邸に住めないわけではない、なんならすぐには無理でも宰相殿に頼めば用意してくれるだろう。

 しかしそれだと茶番劇の意味が無くなってしまうのである。


 まさか教会も馬鹿正直に宰相が娘に何一つ援助しない、等とは考えてはいないだろうが。

 それでも国外追放された先で悠々自適に放蕩生活していたら面白くはないだろう。


 なにせ彼らからすればエリカの貴族籍の剥奪と国外追放は彼女に対する罰なのだから。

 なので教会が気を変えるような危険はできるだけ避けていきたいのだ。


 さて彼女が嫌だと言ったらどうしようか?

 等と俺が考えながら家の門扉前でエリカの顔をうかがうと、彼女は俺の顔を見て笑った。


「良い家ね、シン」


 そういう反応は想定してなかった。


「わたくし家を見て初めて実感しましたわ」


 何が? と視線だけで問う。


「わたくしはもう貴族ではなく、平民であり、自由であり、先は分からず、なるべきものもない」


 彼女はその瞳に熱を灯す。

 ああ……学園で何度も見た瞳だ。

 あの時は横顔で、今は正面から。


「まるで嵐逆巻く夜の海のようですわ」

「不安かな?」


 そんなワケはない、そう確信しつつ問う。


「いいえ、何せこの航海には頼りになる同行者がいるんですもの」


 そう言って彼女は俺に手を差し出してきた。


「一緒にこの航海を楽しんでくれますかしら?」

「喜んで」


 俺はその手を握り返した。



「旦那、そろそろ荷物運ぶの手伝ってくれやせんかね?」



 メルセジャが馬車から荷物を降ろしながら呆れたように言った。

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