第17話 追放侯爵令嬢様、冒険者になる3
家には家具も寝具も用意されていたので、荷物を運び込めばそれで終わりだった。
掃除すら済まされていたので、本当にする事がなかった。
せいぜい大変だったのは夜眠る時に、エリカの手の感触を思い出してなかなか寝付けなかった程度と。
適当に部屋割りを決めたのに、なぜか俺のベッドに置かれていた宰相殿からの手紙がちょっと怖かったぐらいだ。
*
翌日早朝、ファルタールへと帰るメルセジャをエリカと二人で見送る。
「こちらの方でも襲撃者を調べてみやすが旦那達も十分にご注意くだせえ」
メルセジャは一瞬何か言いたげな顔をしてエリカ
を見たが首を横に振るだけだった。
「まぁ油断しなけりゃ大丈夫だとは思いますがね」
成る程、何を言いたかったかは察しがついた。
「それじゃぁメルセジャ世話になったな、というかこれからもちょくちょく世話になると思うが、道中の安全を祈っておくよ」
「御父様にもよろしく言っておいてくださいまし、わたくしは元気だと」
あの手紙の様子では、言葉だけでは安心したり出来ないのだろうなぁ宰相殿は。
「へい、お嬢様もお元気で」
メルセジャはそう言って頭を下げた。
「それじゃあさっそく行くか」
去って行く馬車の姿を見送ってから俺は言った。
「そうですわね」
どこへ? とも訊くこと無くエリカが同意する。
昨日のうちに話していたのだが、今日はさっそく冒険者登録を済ませる事にしている。
冒険者はこの世で一番なるのに容易い職業だ。
なにせ冒険者ギルドに登録するだけで良い。
国によっては試験などがあるらしいが、ファルタールでもオルクラでも試験などはない。
勝手になって勝手に成長して不適格者は勝手に死ねという感じだ。
これは何も冒険者ギルドの怠慢によってそうなっているわけではない。
国との取り決めでそうなっているのだ。
冒険者ギルドは国との取り決めによって、魔法を含む戦闘技術全般を所属する冒険者に訓練させるような行為を禁止されているのだ。
出来るのはせいぜい知識を本などの形で提供する程度だ。
なので新人の冒険者は誰か師事する冒険者を見つけるのが普通だ。
そこで武器の扱い方や魔物との戦い方を学ぶのだ。
手取足取り、魔法や武器の扱いを教えてくれる学園とはまったく違う、実地での訓練が主になる。
個人的には冒険者のやり方の方が性に合っていたが、まぁこれは人それぞれだろう。
学園の方は魔物だけではなく人間相手の戦い方なんかも教えてくれたしな。
冒険者ギルドは街のメインストリートで最も結界に近い場所にある。
魔物の素材や魔物から採取される魔石の買い取りも主な業務なので、保管する為の倉庫も必要である為ある程度の広さが必要だからだ。
だいたいの街ではお馴染みの場所だ。
この光景もお馴染みだなぁ。
俺は早朝から賑わう冒険者ギルド周辺を歩きながらファルタールの冒険者ギルドを思い出す。
朝の早い冒険者向けの食堂や露天は冒険者で賑わっている。
流石にファルタールではこんなに人はいなかったが雰囲気は良く似ている。
俺は懐かしむように雰囲気を楽しみ、エリカは珍しい物を見るのが楽しいようで興味深そうに露天や行き交う冒険者を見ていた。
懐かしいな、等と考えていられたのは冒険者ギルドに入るまでだった。
入った瞬間に雰囲気が違う事に気が付いた。
なんというか複数の視線を感じる。
というか実際に数えるのも馬鹿らしい量の魔力の線が俺達に向いている。
エリカに向くのは分かる、なんせ彼女は綺麗だ、むしろ視線を集めないのなら周囲の人間が揃って節穴だらけという事になる。
だが何故に俺にまで視線が集中するのか?
それにこれは値踏みされている感じがする。
ファルタールの冒険者ギルドでは誰が入ってこようがこんな感じにはならない。
貴族丸出しの俺が入った時でさえ注目はされたがあっという間に興味を無くされたぐらいだ。
所変わればって事なんだろうな。
俺は意図的に視線を無視して、エリカは気が付いているだろうが気にするそぶりすら見せずに、冒険者達で混むギルド内を進む。
向かう先は受付カウンターだ。
ギルドでは特定の素材を求める人間の為に依頼をまとめる業務もしている。
依頼を受けたり確認したりするのが受付カウンターなんだが、だいたいの冒険者ギルドではここで加入手続きも受けている。
俺達は丁度空いていた受付カウンターの一つの前に立つ。
カウンターには小柄な女性がいたのだが、なぜか明らかに怖がっていた、俺達を。
武器無しで魔物と戦えと言われてもここまで絶望的な顔をしないぞ。
思わずエリカと顔を見合わせる。
互いに思い当たる事は無いよね、みたいな顔をしているので本当に意味が分からない。
小首をかしげそうになるが、カウンターの前で黙っているわけにもいかないのでギルド職員に声をかける。
「ギルドへ登録したいんだがこのカウンターで良いだろうか?」
返ってきたのは沈黙だった。
女性ギルド職員と期せずして見つめ合う形なってしまう。
「あの」
流石に十秒の沈黙には耐えられなかった。
「はいぃ!」
返ってきたのは裏返った大声だった。
チラチラと盗み見る程度にまで散っていた視線が再び大量に俺達に集中する。
うーん、もしかして実は何かやらかしているんだろうか俺?
俺はギルド職員の予想外すぎる反応に、過去のおこないに自信が持てなくなってきた。
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