第15話 追放侯爵令嬢様、冒険者になる1

 それから十二日。

 俺がエリカと呼ぶのに緊張しなくなり、彼女の顔を正面から見ることに躊躇いが無くなり、シンルーと呼ばれる馬車の中で遊ぶ盤遊戯で俺と彼女の実力が拮抗しだす頃。

 俺達は国境を越えた。



 国境と言っても関所があるわけではない。

 目だつ丘の上に石柱が建っているだけだ。

 街道沿いに建ってはいるものの、意識していなければ見逃してしまうような物だ。


 こんなんで良いのかとも思うが、俺達の国であるファルタール王国と俺達が向かっているオルクラ王国は同盟国であり、なおかつ両国の初代国王が兄姉であり、今もって嫁入りやら婿入りで血の繋がりも維持していたりと、いっその事もうくっついちゃえよ!みたいな両国間関係だ。

 やらかした貴族の国外追放先としては第一候補になる国だ。


 ただし両国が親密であるためにやらかし具合が軽い貴族がその対象で。

 本来なら光の巫女暗殺をたくらんだ貴族等は受け入れられるはずはないのだが、そこはファルタール王国迫真の工作である。


 なんとかオルクラ王国側に話を通せている。

 実際の所、本当に謎である。

 光の巫女暗殺をたくらんだ人間を自国に受け入れるような国を探し出すのは至難のわざだ。


 まず間違いなく教会との関係は悪くなるし、考えれば考えるほど受け入れる理由が無い。

 教会に対してと言い、オルクラ王国に対してと言い、我が国は今回どれ程の対価を切ったのだろうか? 奇跡を起こし過ぎだろ。


 俺が気にする事ではないが今後は色々と大変だろうな。

 まぁ知ったことではないのだが。



「ついに勝ち越しましたわ」


 エリカが自信ありげな顔で盤上の杭に駒を刺す。

 シンルーの盤は馬車で遊ぶ事を考えて杭が打たれてあり、そこに輪っか状の駒を通す。


「まだ四十手目で俺の目には五分に見えるんだがな」

「だとしたらシン、わたくしの勝ちは揺るぎないものになりますわよ?」


 俺の応手に彼女が間髪入れずに指し返してくる。

 自信があるのは間違いないようだ。


「それにしても」


 駒を手の中で遊びながら言う。


「襲撃はあれ一度きりだったな」


 そうね、と盤を睨みながらエリカ。

 暇つぶしにと始めた遊戯にも真剣な目を向ける姿が美しい。


「わたくしに飽きたのか、それとも別の理由かしら? 存外単純に手駒が尽きただけかもしれませんわね」


 彼女は話しながらも真剣に盤上の駒を視線で追っていく。

 黄金の魔力がそれに沿って流れる。

 ふむ成る程そういう手か、確かに負けるな。


「そうだったら嬉しいんだが」


 駒の動きを考える。

 急所はどこだろうか?

 ああ、思い出した冒険者ギルドの酒場で何度かやられた手だ。


「そんな覚悟では相手も君の命まで狙ってはこないだろうな」


 と言いつつ彼女の急所へと駒を指す。

 エリカはアッという顔をした後に頬を膨らませてこちらを睨んでくる。


「今の会話は盤外戦というものかしら?」


 何だこの可愛くて綺麗な生き物。


「視線で手筋を追うのは悪手だな」


 俺は悪びれずに肩をすくめて次の手を促す。

 エリカが文句を言いたげに数瞬こちらを睨むが、結局は何も言わずに盤に目を戻す。


「そう言えば」


 長考の沈黙を潰すように彼女が呟く。

 その間も魔力が彼女の思考を追って目まぐるしく舞う。


「計画では国境の街でわたくしは冒険者になる、でしたかしら?」

「計画ではな」


 そう、エリカは冒険者になる事になっている。

 これも茶番劇の一部だ。

 現在ソルンツァリ家は貴族籍を剥奪されたエリカを表だっては援助できない事になっている。


 ソルンツァリ家が国外追放された娘を援助しようが王国側は気にもしないが、それを気にする勢力がいる。

 教会だ。

 教会にとって彼女は光の巫女を暗殺しようとした許しがたい人間なのだ。


 何がどうなってそうなったのかは分からないが、エリカは王国側と教会側との話し合いで貴族籍を剥奪される事で国外追放で済んでいる。

 教会からすればそれが形だけであれば大いに不満だろう。


 下手をすれば色々な事がひっくり返りかねないわけで、それはエリカの父親である宰相殿はもちろん王国側も望んでいない。

 というわけで、エリカには国外追放された先で自立しなければならない。


 少なくとも表面上は。


「何か他にやりたい事があるならそれでも良いけどな」


 計画で冒険者としたのは単にそれがもっとも簡単に就ける職業だからだ。

 ついでに言えば冒険者ギルドに所属はするものの自由業である、まったく働かないというのは無理かもしれないが、かなりの無理も誤魔化しも利く。


「自分で何になるかを決める、という贅沢は随分前に諦めましたわ」


 彼女が盤に駒を指す。

 成る程、諦めない事にしたのか。


「だとしたら俺は随分贅沢な生活をしていたらしいな」


 早めに決着をつけないと危ないかもしれない。


「親父殿からは自由にしろとしか言われていない……いやまて、単に期待されていなかっただけか?」


 俺は唐突に親からの愛情に疑いが湧いた事に若干のショックを受けながらも指し返す。


「シン、貴方は冒険者なのですよね?」

「まあな」


 エリカの再びの長考、質問というより確認といった感じの声に応える。


「といってもオルクラ王国では無職って事になるけどな」

「そうなんですの?」

「冒険者ギルド同士の横の繋がりが有るから誤解されがちだけど、各国の冒険者ギルドは独立した組織なんだよ」


 あそこに指されると作戦が崩壊するな。


「じゃないと国々での事情に対応できないからな。ファルタールとオルクラでは大した差は無いけども、違う国に行けば共通しているのはランクの評価基準ぐらいじゃないかな? というわけで俺はオルクラ王国で冒険者をしようとするなら一からやり直しって事になるのさ」


 ふと視線を感じて盤から顔を上げる。

 エリカが俺の顔を見て微笑む。

 やめて死んじゃうから。


「貴方と一から冒険者をするのも楽しそうですわね」


 そう笑って彼女はこちらの急所へ駒を指した。

 作戦崩壊、あとついでに言えば負けも確定的。


「ところで自分の急所をマジマジと見てしまうのは悪手でございませんこと?」


 してやったり、そう言いたげな笑顔だった。

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