第13話 追放侯爵令嬢様と一緒に初めてを振り返る3

 流石に街一番の高級宿だ。

 男女別の風呂まであった。

 しかも驚くことにお湯が張られた風呂だった。

 普段は浄化魔法頼りの生活をしているせいか、普段の貧乏性のせいなのか、風呂に浸かっているとお湯を汚してしまうのではないかと逆に気疲れしてしまった。


 ……嘘です。

 気疲れ所か風呂を上がったら後はエリカ・ソルンツァリと同室で一夜を過ごさなければならないという現実に頭がいっぱいでした。

 どうすれば良いのだろう?


 何かこう退屈させないような話でもすれば良いのだろうか?

 自慢じゃ無いが女が喜びそうな話題のストックなんて皆無だぞ。


 草花の話なんかがウケるとか聞いた事があるが、薬効のある野草の話でもすれば良いのだろうか?

 いや無理だ、野草の話で一晩持たす自信がない。ここは罠に使える木の形状なんかの話も混ぜるべきだろうか。


 いや駄目だろうと自分で自分にツッコむ。

 自慢では無いが十二歳で学園に入ってから三年間、女にモテたためしがないどころか“まとも”な女友達すら出来た事が無いのだ、土台無理なのだ。



 自分が現実から目を逸らす為に益体も無い事を考えていた自覚はあったが。

 そうでもしなければ彼女の顔もまともに見れないだろうという確信もまた同時にあった。


 だからだろう、未練たらしく季節毎の薬草で話を盛れば大丈夫かと考えながら部屋の扉を開けた瞬間に、不意打ちのように目に入ってきた光景に言葉どころか思考すら投げ捨てたのは。

 ただただ美しかった。


 宿の用意した寝間着姿で、風呂上がりの湿気った髪をバルコニーで夜気に晒すその姿は、ただただ美しかった。

 後ろ姿なので顔は分からないが彼女を包む黄金色の魔力でリラックスしているのが分かった。


 誘われるように彼女の隣に立つ。

 学園で正面からは見れないから、せめてその横顔だけでも見たくていつも彼女の横側にいれるようにとしていた。


 あの頃に比べたら随分と距離が近い。

 だから分かった、彼女がリラックスしていたワケではない事に。


 どことなしと暗くなった街を眺める彼女が何かをじっと考えている事に。

 急にエリカ・ソルンツァリが何を考えているかを知りたくなった。


 学園の事だろうか?

 別れた家族の事だろうか?

 自分を追放した者達の事だろうか?

 それとも親友である光の巫女の事だろうか?

 何を考えているにせよ、俺は彼女の話を聞いて応えてやりたかった。


 悩みであろうと、愚痴であろうと、今後の不安であろうと、もしくはこの先への希望や望みであろうと。

 彼女の話を聞き、応えてやりたかった。

 君には俺がいるのだと言いたかった。


「シン・ロングダガー」


 不意に名前を呼ばれ、俺は呼吸を急に思い出した。


 正気に戻ったと言っても良い。

 心臓の鼓動が一瞬でヤバい事になった上に息苦しい。


 これはヤバいと、彼女の横顔をまだ見ていたいという本能をねじ伏せて街へと視線を移す。

 ポツポツと点在する街灯に照らされた石畳の街路を見て心を落ち着かせる。


 部屋は四階にある為、静かな街の様子が良く見える。

 石畳の数を数えるのだ、数を数えれば人間は落ち着くと冒険者の先輩も言っていたではないか。


 必死に心を落ち着かせようとする俺の隣から、躊躇ためらいがちな声と微かに感じる視線が投げかけられてくる。


「貴方も初めてなのですか?」


 何がぁ!

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