第12話 追放侯爵令嬢様と一緒に初めてを振り返る2

 街で一番豪華な宿の一番豪華な部屋だった。

 そうだな、侯爵家の娘であり王国宰相の娘でもあるエリカ・ソルンツァリが泊まるのだ。


 そうなるのは当然であろう。

 そこに疑問はない、疑問は無いが。

 なぜ俺と同室なのだ。



 街に入って馬車の修理を職人に頼み。

 その修理を待つ間に宰相殿へ襲われた事を報告する為に手紙を書き、それを確実に届けられるようにと冒険者ギルドへと依頼を出した。


 ついでに俺が使ったニードルスパイダーの縄の補充と襲撃者の魔法で吹き飛んで行方不明になった短剣の補充等をしていると丁度良い時間になったのでそのまま夕食。

 その間エリカ・ソルンツァリはハシャグような事は無かったものの終始楽しそうで、普段彼女が食べていた物とは雲泥の差の安い料理も美味しそうに食べていた。


 ちなみに俺にとっては普通というより普段食べている物より高い疑惑まであった。

 夕食も済みそれでは宿に向かうか、という所でメルセジャが馬車の見張りがあるので馬車で寝ますと言いだし、俺とエリカ・ソルンツァリの着替えの入った鞄を差し出すと宿に併設されている馬房へと行ってしまう。


 まあ彼は御者兼護衛であるので、それも仕事の内かとエリカ・ソルンツァリと宿の受付へと行けばそこで渡される。

 たった一つの部屋の鍵を。


 受付のオネーサンが俺の顔を見て戸惑っていたのを支配人らしき男が見咎めていたが、どうか許してやって欲しい。

 俺が凄い顔をしていたのは自覚しているから。



 なぜ一つの部屋しか用意されていなかったか?

 それは非常に単純な話だ。

 俺達が茶番劇の最中だからだ。


 要はあれだ、後から誰かが俺達の足取りを追った時に駆け落ちするまで頭が茹で上がった二人が別々の部屋で泊まっていては変だろって事だ。

 誰がそんな事を調べるのだ、という気もするが。


 可能性として一番高いのは光の巫女様だ。

 彼女がこの茶番劇に疑問を抱けば調べるだろう。

 なにせ彼女はエリカ・ソルンツァリという人間の事を良く知っている。


 であれば今回の茶番に疑問を感じる事も不思議では無い。

 勿論、光の巫女が直接調べるなんて事はしないだろう。


 能力の問題ではなく周りがそうはさせないだろう。


 光の巫女の機嫌を損ねないように言いくるめるのは、苦労はするだろうがどうにかするだろう。

 二人の祝福をとか邪魔をしてはとかなんとか。


 その為の茶番劇だ。

 そうなると光の巫女はどうするか?

 十中八九、冒険者ギルドへ依頼を発注する。


 この場合ただの平民であり学生である彼女に依頼料を出せるのかという疑問が出てくるが、それも問題ない。

 ギルドは金など請求しないからだ。


 というより光の巫女からの依頼というだけで無料で引き受ける冒険者がワンサカ出かねない。

 依頼内容がドブさらいだったとしても同じだろう。


 光の巫女であるというのは本当に伊達ではないのだ。

 冒険者を使われた場合、王国側とすると影響力を行使する事が難しくなってくる。


 つまりは誤魔化しずらいのだ。

 なので実際に同じ部屋に泊まったという事実を作らなければならない。


 というような理由が書かれた宰相殿からの手紙が部屋に置かれていた。

 最後の行に震える字で、信じているからなシン・ロングダガー君、と書かれていたが俺は字から伝わる情念の強さにそっと文章から目を逸らした。


 そこまで書くなら宿屋を抱き込んで一緒の部屋に泊まったように工作すれば良いものをと思ったが、これから先、国を出るまで全ての宿で工作すれば規模が大きくなって逆にバレやすくなると考えたのだろう。

 字が震える程なのに流石宰相、冷静だ。



「御父様もたまには愚かしい事を書くものですね、シン・ロングダガーの覚悟を見誤っています」


 そう言ったのは手紙を読み終えたエリカ・ソルンツァリだった。

 俺の覚悟って何だ、何の事だ。

 俺は突然エリカ・ソルンツァリと同室で泊まるという事態に陥り大混乱中であるというのに。


「もはやこれは侮辱でありましょう。御父様に成り代わりわたくしが謝罪いたしますわ、シン・ロングダガー」


 エリカ・ソルンツァリが真摯に謝罪する姿に混乱はいや増すばかりだったが、とりあえずは首を横に振ることで謝罪は要らない事を伝える。

 そんな俺を見てエリカ・ソルンツァリは、そうね謝罪自体が失礼ですわねと笑う。

 なんなのコレ。

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