第9話 続・追放侯爵令嬢様と行く馬車の旅2

 その言葉をエリカ・ソルンツァリ本人の口から言われた瞬間、俺は多幸感と万能感に似た感覚に包まれ、そして一瞬の内に血の気が引いた。

 彼女にとってはどうという事は無い確認なのかもしれない。


 だが俺にとってはそうではなかった。

 その言葉を肯定するのに、例えそれが名目上の茶番劇の役名に過ぎなくても、真剣さとそして覚悟が必要とされるものだった。


 自分の顔が若干強ばったのを自覚した。

 それを見たエリカ・ソルンツァリが少しだけ眉根を上げる。


「そうだ、俺が君の夫になる男だ」


 背中に汗が流れるのが分かったが、嫌な汗だとは思わなかった。

 エリカ・ソルンツァリは俺の顔をじっと見た後に苦笑に近い微笑みを浮かべる。


「貴方、そんな貴族らしい顔も出来るのね」


 それはどんな顔だと思っているとエリカ・ソルンツァリが懐かしむような目をする。


「そんな顔が出来ると知っていたら紹介ぐらいは致しましたのに」


 誰に紹介してくれたというのだろうか?

 貴族らしい、と言うからには誰か偉い人とかだろうか? 興味ないんだけどなぁ。


「それで貴方の目的は何かしら? だいたいは予想は付きますが……」


 片手を頬にあてながら小首を傾げる姿に悶えそうになる。


「そうなると貴方がここに居る理由がわかりませんわ」



 はて? 俺の目的とは?

 と一瞬考えて、俺はどう答えるべきか悩む事となった。

 まさか正直に、好きな人と名目上とはいえ夫婦になれると聞いて喜んで引き受けました、とは言えない。


 それぐらい俺にも分かる、確かに貧乏子爵家で女にモテるという経験など皆無だったし、正直女慣れしてない自覚はあるがそれでも分かる。


 そう答える事のキモさに。

 いやしかし、どう答えろというのか。

 世のモテ男どもはこういう時にどう答えるんだ。


 相手は、貴方はこっちをずっと見てたでしょ、とこちらの好意に気が付いてる状態で、今ここにいる理由は何かしらと尋ねているのだ、どう答えるのだ世のモテ男。

 ああ、いかんエリカ・ソルンツァリが答えを待っている、黙っているわけにはいかない。


 俺はどうにかふり絞るように、そしてキモいとか言われないようにと願いながら言った。


「す、少しでも傍にいられるように、それだけを願って」


 この答えは大丈夫だろうか? 緊張で先程とは違う嫌な汗が流れる。


「まったく……」


 エリカ・ソルンツァリが口を開く。


「そんな顔で言う割には遠回りな選択をしますのね」


 彼女は困ったものを見るような目で言う、だがその声に侮蔑や嫌悪の感情はなくまるで不器用な人間を気遣うような雰囲気があった。

 とりあえずキモいとは思われていないようだった。


 あと遠回りってなんだろう? 君は目の前にいるというのに。


「それで貴方はいつまで私と共にいてくれますの?」

「え? いつまで?」


 俺が聞き返すと彼女は焦れたように、それでもなお出来の悪い弟を諭すような態度で言う。


「わたくしと共にいてくれる期間ですよ、そのあたりは御父様と交渉なされたんでしょうけども」


 宰相殿と交渉? 何のことだ。

 エリカ・ソルンツァリは頭が良すぎるせいか学園にいる時から話を先回りして進めるきらいがあった。


 つまりは彼女の頭の回転の速さに俺が付いていけてないのだが、俺は考える。

 宰相殿とは交渉した記憶は無いが、確かに会って話はした。


 内容は確か娘をよろしく頼むとかそんな感じだったと思う。

 そもそも期間とは何だ、いやまて共にいてくれる期間だって?


 ああそうか……俺は何という勘違いをしていたのだろうか。

 彼女が真面目にこの茶番に付き合う義理など無かったのだ。


 エリカ・ソルンツァリなら一人でも十分に生きていけるのだ。

 つまり期間とは彼女が茶番に付き合って、俺を側に置いてくれる期間の事なのだ。


 茶番劇の役を引き受ける事でエリカ・ソルンツァリの側にいれると、浅ましく考えたのを見透かされたような気がして恥ずかしくなる。

 エリカ・ソルンツァリの側に居続ける事がそんな容易い事であるはずがないのだ。


 俺は彼女の目をじっと見つめる。

 俺が一生と言ったら君は受け入れてくれるだろうか?

 何故かエリカ・ソルンツァリが俺を見てたじろぐ。


「一年、一年君の側にいる事を許してくれないか?」

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