第8話 続・追放侯爵令嬢と行く馬車の旅1

 人を殺すとそれが正当防衛だろうと何だろうと色々と後始末が必要になる。

 が今回に限ってはその心配はあまりなかった。

 馬面魔族は灰となって骨すら残っていないし、他にいた襲撃者三人は馬面魔族がまだ人間だった頃の魔法により粉みじんになっていたからだ。


 この三人を殺した直後に俺を狙って放たれたと思った魔法は、狙いは俺では無く証拠隠滅を狙った物で俺に対してはオマケみたいな物だったのだろう。

 現場を検分したメルセジャによると、近くに重犯罪者に使うような逃げたりすると爆発する魔道具に似た物の破片があったとの事で、その威力も合わさって見事襲撃者全員の遺体は粉々だ。


 つまりは襲撃者の正体に繋がるような証拠は何一つ手に入らなかったという事だ。

 メルセジャが一応は調べてみるかと襲撃者の使っていた剣を回収していたが、そこから何か分かるかは望み薄だろうとの事だった。


 分かった事は、相手が用意周到でランク6付近の実力をもった襲撃者を用意できる者で、なおかつ人間を魔族に出来るような聞いた事も無い手段を持つ謎の相手、だという事だけで。

 成る程わからん、というのが正直な所だったがこの場でじっとしているというのは悪手だろうというのだけは分かる。

 というわけで俺達は馬車の旅を再開したのだった。



 *



「それなんですけど、逆ではないかしら」


 ロープで無理矢理修理した、というよりも単にぶら下がってるに等しい穴の空いた扉がガタガタと鳴る馬車の中でエリカ・ソルンツァリがそんな事を言った。

 何が? と表情だけで尋ねると彼女が答えてくれる。


「人間が魔族に変身したのではなくて、魔族が人間に変身していたのではなくて?」


 ああ成る程そういう考え方も出来るな、どちらも聞いた事も無い荒唐無稽な話ではあるが、心理的には人間が魔族になったよりかは受け入れやすい。

 だがそれは違うだろう。

 俺は首を横に振りつつ言う。


「残念だけど、エリカ・ソルンツァリ。それはおそらく間違いだと思う、襲撃者は確かに俺は人間をやめると言っていた、こんな事で人間をやめるのか、ともね。魔族が人間に化けていたのならそうは言わないと思う」


 エリカ・ソルンツァリは少しだけ考えて、そうねその通りだと思うわ、と自分の意見を捨てた。

 確信があったというより単に自分の目では見ていない人間が魔族になったという事自体が信じがたい為に出た考えなのだろう。


 俺にもう少し信用があったのなら、そうでは無かっただろうがクラスメイトだったのに碌に顔も覚えられていない程度の男ではまぁ無理だろう。


「というわけでエリカ・ソルンツァリ、襲撃者の線から誰が君を襲ったのかは推測すら難しい。君自身には何かしら思い当たる事は無いか?」


 俺の言葉にエリカ・ソルンツァリが寂しげに笑う。


 あのエリカ・ソルンツァリが弱々しい笑みを浮かべる、その事実に俺は予想以上に動揺する。

 俺の表情から何かを察したのか彼女が俺の言葉を遮るような仕草をする。

 実際には俺は何か声をかけたがったが何も思いつかなかったのだが。


「流石に国外追放までされて命まで狙われるような心当たりは御座いませんわね」

 それよりも、と表情を変えて彼女が言う。

「貴方はなぜ私をフルネームで呼ぶのかしら?」


 その顔は非難するというよりも単純に疑問であるようで不思議そうな顔だった。

 そんな顔も可愛くて綺麗だ。

 俺が彼女に見惚れていると、何かを思い出したのか今度は明確に眉根に皺を寄せ不機嫌そうな表情を浮かべる。


「そう言えばわたくし貴方の名前も伺っていないわ、これは流石に淑女に対して失礼ではなくて?」


 その指摘は至極真っ当ではあったのだが、三年間クラスメイトだった俺としては正直に言うとちょっと傷ついた。

 まぁ侯爵家と子爵家ではその上に大が付こうが貧乏が付こうが階級が違いすぎてこんなものだろう。

 俺は表情に出さないように気を付けながら胸に手を当て謝罪する。


「申し遅れました事を謝罪します淑女様レディ。私はシン・ロングダガー、子爵家の次男として王国貴族の末席に辛うじて引っかかっております」


 うーん何故俺はこういう時に最後まで真面目に出来ないのだろうなぁ。

 下げた頭をちらりと上げるとエリカ・ソルンツァリがその形の良い顎に指をあて何かを考えていた。

 どうやら俺の小さなおふざけは捨て置かれるようだ。


「護衛に雇った冒険者か何かだと思っていたのですが……ロングダガー、その名前どこかで、というか良く見れば見覚えが……どこだったかしら」


 独り言が少し大きくないですかね。

 俺がそんな感想を品良く口に出さずにいると、エリカ・ソルンツァリがポンと手を叩いた。

 うーん可愛い。


「クラスに居たわね貴方」


 良かった……本当に良かった。

 俺はエリカ・ソルンツァリに覚えられていたのだ、生きてきて良かった、俺の人生は無駄じゃなかった。

 エリカ・ソルンツァリは更に記憶を掘るように右手をこめかみに添える。


「そう……そうだわ、遠巻きに見てくるだけの有象無象の中に居たわ」


 瞬間、自分の顔が真っ赤になるのを自覚した。

 バレていたのだ、エリカ・ソルンツァリその人に。


 身分不相応の好意を抱いた自分の視線を。

 悲鳴を上げなかっただけ自分を褒めたいくらいに恥ずかしい。

 思わず顔を逸らす。


「なぜ突然顔を背けますの?」


 エリカ・ソルンツァリが不思議そうに訊いてくる。

 今まさに自分が何を言ったのかをこの人は理解しているのだろうか?


 “自分”を“見てた”でしょと、見てた人間が見られていた人間に言われてどんな顔を向けろと言うのだろうか。


「何をそんなに恥ずかしがっているのです、“本人”がいるわけでもなし」


 あまりにも俺の姿が哀れだったのだろう、エリカ・ソルンツァリが冗談を言って気を遣ってくれる。

 優しい、好き。

 恥ずかしさよりも好意が上回ったせいか心が落ち着く。


 正面にむき直すと呆れたようなエリカ・ソルンツァリの顔が目に入る。


「それで……」


 エリカ・ソルンツァリが一瞬だけ言い淀む。


「推測するに貴方がわたくしの名目上の夫なのかしら?」


 おお神よ。

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