第7話 侯爵令嬢様復活3
「何なのですか? 人が頑張って降りかかった困難の中で自制心を取り戻そうと努力しているというのにドタバタと騒がしくなさるなんて」
あの呪詛の如き呟きは自制心を取り戻す作業だったのか。
エリカ・ソルンツァリは軽やかに馬車から降りると、狭い馬車で魔法を使ったせいか乱れた髪をさっと撫でつける。
学園での姿に比べればその服装は旅装であるため派手さには欠けていたが、その地味さは彼女の美しさをいや増すようにしか感じなかった。
呆然とするメルセジャと見惚れる俺を視界の端に捕らえたのかエリカ・ソルンツァリはこちらに振り返る。
「御者と……護衛かしら?」
彼女の言葉にクラスメイトだった男ですよと言いたくなるが我慢する。
「わたくしの剣がどこにあるかご存じかしら?」
俺は御者台から地面へと降りながら答える。
「残念ながら君の剣は荷物の中だな」
俺は賊の血と魔族の血で汚れた刃に気を付けながら剣を回して彼女に柄を差し向ける。
「だから俺のを使ってくれ」
エリカ・ソルンツァリは差し出された剣の柄と俺の顔を見比べた後、にこりと微笑んだ。
「ありがたく使わせて頂くわ」
そんな俺達のやりとりにメルセジャが不安げな、というよりも疑いのこもった声を上げる。
「旦那、大丈夫って大丈夫なんですかい?」
言葉足らずも良いところだったが、メルセジャが何を言いたいのかは分かった。
俺としてはあのエリカ・ソルンツァリが剣を持って大地に足を付けているのだから、何を心配する事があろうかという感じなのだが。
知らなければ不安に思うのも仕方ないとは思う。
俺はエリカ・ソルンツァリにそれでは後はよろしくと言い、彼女のおまかせなさいという言葉を背中に聞きながら御者台に腰を下ろす。
ちなみに身体強化は彼女に剣を渡す前には切っている。
メルセジャが何か言いたげに俺の顔を見て来る。
「大丈夫だよメルセジャ」
俺の言葉にメルセジャが勝手に歩き出す護衛対象の背中を見る。
「彼女はエリカ・ソルンツァリだ」
彼女から金色の魔力が立ち上る。
「負ける要素なんて皆無だ」
「それで納得出来るのは旦那だけなんじゃないですかねぇ」
ようやく落ち着いた馬を見て、メルセジャは数瞬だけ何かを考えたようだが、結局は俺と同じく彼女の背中を見守る事にしたようだ。
結界の端の方で倒れていた馬面魔族が勢いよく立ち上がるのが見えた。
背後でメルセジャがそわそわしだすのが分かったが落ち着けと思う。
ランク6であっても分からない物なのだろうか? あれほど彼女はあからさまに強いというのに。
それとも分かった上で見た目の美しさに騙されてしまうのだろうか?
だとしたらメルセジャの審美眼は褒められるべきだな、彼女は強い前に美しいのだと理解しているという事なのだから。
それなら仕方ないなと俺が考えていると、エリカ・ソルンツァリが笑ったのが分かった、背中しか見えないが魔力が楽しげに輝いているのが分かる。
あれはきっと笑っているだろう。
ああ、残念だ付いていけば良かった、そうすればあの横顔をまた見れたのに。
立ち上がった馬面魔族はやはりエリカ・ソルンツァリを優先的に狙うようだ。
隙だらけの俺達には目も向けない。
芸の無い一直線の突進、それが馬面魔族が選んだ攻撃方法だった。
標的を優先して狙う知性はあるのに、選ぶのが単純な突進攻撃というのはチグハグさを感じるが。
狭い結界の中で馬車と同等の大きさの魔族が単純に突っ込んでくるというのは、まぁ芸は無いが有効ではあろう。
何せ単純に避けただけでは触手からの攻撃までは避けられないからだ。
それを嫌って狭い結界の中で大きく避けていればいずれは追い詰められる。
結界の維持で手一杯の魔力しかない馬面魔族としては、魔法が使えないのなら体力勝負を仕掛けたいという事なのだろう。
俺は馬面魔族から結界の天頂部分へと伸びる魔力の流れを見ながら考える。
いや本当に馬鹿である。
馬面魔族に本当に知性があるのなら、まず本当にやるべきだったのは結界を解いて逃げる事だったのだ。
起き上がって初手で逃げを選んでいたら、もしかしたら逃げおおせる可能性はあったのだ。
それをまぁ、あのエリカ・ソルンツァリにそれも剣を持ったエリカ・ソルンツァリに真正面から挑もう等とは。
知性の欠片も無いな。
身体強化を切っている俺には消えたようにしか見えなかったが、メルセジャは身体強化を切っていなかったらしく呆然とした声で速すぎると呟いた。
目の前でバラバラになって崩れ落ちる馬面魔族には彼女の動きはどれ程まで見えたのだろうか?
俺はそんな事を考えながらエリカ・ソルンツァリに声を掛ける。
「そいつ再生能力が高いから気を付けた方が――」
俺が最後まで言い切る前に火柱が上がり哀れな馬面魔族は灰となって消える。
流石エリカ・ソルンツァリだそつがない。
幾つもの炎が渦巻き作られる火柱はついでとばかりに反転結界をぶち破る。
その様を見てメルセジャが言う。
「旦那もどえらい嫁さんを貰いましたなぁ」
その声にはあきれのような物が込められていた。
だがそうなのだ、俺は名目上とは言え彼女の夫なのだ。
その事を指摘されるとつい頬が弛む。
というよりだいぶ気持ち悪い笑顔になってないだろうか俺。
「そこは笑顔になる所じゃないと思うんですがねぇ旦那」
メルセジャの声には今度こそあきれたと言いたげな感情が込められていた。
……そんなに俺の笑顔は気持ち悪かっただろうか?
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