第6話 侯爵令嬢様復活2
襲撃者を中心に起きた突然の衝撃波に俺が数メートル程吹き飛ばされるのと同時に襲撃者の背後、街道を馬車が走りすぎる。
メルセジャは正しく行動し、吹き飛ばされる俺を無視して全力で馬車を飛ばす。
一声すらかけてくれないのは薄情じゃないかと思いつつも正しく判断してくれた事に安堵する。
いい人そうだったのでちょっと心配だったのだ。
通り過ぎた馬車は衝撃波を受けたものの軽く結界を揺らしただけで無事に通過する。
それに俺自身も吹き飛ばされはしたものの全くの無傷だ。
いったい何がしたい、時間稼ぎか?
俺が体勢を崩さないように慎重に着地すると同時に馬が驚きいななく声が聞こえた。
自分に飛んでくる魔法にも結界があると怯まなかった馬に何が?
視線が自然馬車の方へと引っ張られそうになるのを襲撃者の声が許さなかった。
「ちくしょう!人間をやめてやる!」
ローブと仮面のせいで性別すら分からなかった襲撃者の声は、今度は人間かどうかも分からないような声だった。
何が起きているかは分からない、分からないが放っておけば不味い事だけは確かだ。
俺は再び襲撃者へ斬りかかろうとしたが飛んできた警告の声にすんでの所で足を止める。
「旦那!」
メルセジャの警告の声になぜまだ近くにいるんだ、という怒りを抑えて馬車の方を見ると十メートルも離れていない場所で馬車が立ち往生していた。
何があったのかと思う前に何があるのかが見えた。
結界があった、それも数十メートルは楽にあるような結界が。
馬車も含め俺もその結界に捕らわれてしまっている。
こんな大きさの閉じ込めるための反転結界は何の準備も無く出来るようなものじゃない。
どこかに結界を作るための結界器があるはずだ。
だがどこだと考える間もなく事態は動く。
襲撃者から仮面が砕ける乾いた音が鳴る。
結局最後まで性別も分からなかったな。
俺は人の物ではなくなった襲撃者の顔を見て思った。
*
「旦那!離れろ!」
メルセジャの声は切羽詰まった物だった。
身体が動いたのはメルセジャの声に反応したというよりかは本能に従った結果だった。
恐怖、命への危機感、根源に近い忌避感。
それらに後押しされて飛び退った直後に立っていた場所の地面が破裂したかのようにえぐれる。
襲撃者、いや襲撃者だった物の背後から新たに生えた触手の一撃だ。
仮面の最後の欠片がはがれた襲撃者の顔は、トカゲの肌を持つ馬のような顔へと変貌していた。
ただし馬のような賢さも愛嬌の欠片も無い。
あるのは不愉快さと絶対に相容れない存在だと本能に訴えかける忌避感だけだ。
魔族、そう魔族だ。
襲撃者の人間だったあの男は魔族になった。
なんだその理不尽。
そんな話は聞いたこともねーぞ。
俺は飛び退いた俺を追いかけるように振るわれる触手を剣で弾く。
ズンと手に響く重たい一撃だ。
二合三合と打ち合うと唐突に攻撃がやむ。
馬面に似つかわしくないトカゲのような目が俺を見ていた。
瞬間俺はぞっとする。
その目に知性のような物を感じたからだ。
マズいと思った時には遅かった。
馬面の魔族が身を翻し馬車へと走り出した。
一足目で魔族の身体が膨れあがり体躯が二回りほど大きくなる、二足目には膨れあがった足が人の形を捨て馬の足のような物に変わる。
三足目、なんとか追いついた俺が剣を振り下ろすが触手を切り落としただけだった。
四足目、馬車と同じくらい大きくなった魔族が馬車へと体当たりする。
馬車の結界が大きく歪む。
メルセジャが完全に恐慌を来した馬を必死に御そうとする。
俺は馬車へと体当たりをしようとする魔族に再度斬りかかる。
あの結界のたわみ方はヤバい。
止めなければ。
そう焦ったのが良くなかった。
剣を上段に振り上げた俺の脇腹に衝撃が突き刺さる。
身体がちゅうに浮き地面と水平に飛ばされる。
強化された視覚が自分を吹き飛ばしたのが、魔族が新たに生やした触手だと教えてくれた。
そんなのアリか畜生。
運が良いのか悪いのか、愚痴りながら吹き飛ばされた先は馬車の御者席の脇だった。
メルセジャが悲鳴に近い驚きの声を上げる。
「馬が言うこときかねぇ上に結界を掴まれちまってる逃げるのも無理だ旦那!」
一瞬だけメルセジャが背後の魔族を見る。
「ありゃ何なんでさぁ旦那!」
俺は丈夫な馬車に感謝しながら身体を起こす。
「元人間の魔族、なぜそうなったとかは俺にも分からんし、この結界の元も分からないというかカンで良いなら多分アイツが元だ畜生」
メルセジャに相手は正体不明の魔族だし、結界をどうにかして相手を放置して逃げるのも難しいと簡潔に告げる。
「ああ、割に合わねぇ仕事だぁ」
メルセジャが嘆くのと同時に魔族が再び馬車に攻撃をする、今度は体当たりではなく片手で結界を殴る。
空いた手の方はメルセジャの言うとおり結界を握っているのだろう。
俺の目には結界を動かす魔力がひずむのが見えた。
つまりはもう結界はもたない。
つくづく自分の判断の遅さに腹が立つ。
次から次へとコロコロと状況が変わるせいで対応が後手後手だ。
「メルセジャ、今からアイツを引き離すから一端距離を取って馬をどうにかしてくれ、でもって二人でアイツを仕留める」
「出来るんですかい?」
値踏みするような声音だった。
こういう所、嫌いじゃ無いなぁ。
俺はそう思いつつ苦笑する。
「一対一で倒すだけなら俺でも出来る相手だ」
「流石、“身分不相応のロングダガー”ですな」
なんだそれはと思いつつも、魔族の腕に魔力が集中するのが見えたので意識を切り替える。
馬面魔族には理性など無いように見えるのに、その目的は終始一貫している。
今もそうだ、直接戦闘していた俺を無視して馬車だけを狙っている。
つまりは狙いはエリカ・ソルンツァリという事だ。
怒りが奥歯をきしませる。
どこの誰だか知らないが、そんなにもエリカ・ソルンツァリが邪魔なのか、輝かしい未来を奪っておきながら今度は命まで奪おうと言うのか。
ふざけるな。
許してなるものか。
そんな理不尽を許容してなるものか。
俺は御者台に掛ける足に力を込める。
馬面の魔族が魔力で満ちた腕を振り上げたその瞬間、飛びだそうとして慌ててその身を大きく仰け反らせた。
背中がメルセジャにぶつかり、メルセジャが何か叫んだが俺は気にしなかった。
目の前に溢れる魔力に見惚れていたからだ。
俺は俺以外に魔力が見えるという人間に会った事が無い。
故にこの美しい魔力の光を知っているのは俺だけだ。
本人の気高さを象徴するかのような美しい黄金色の魔力。
それが馬車の扉から真っ直ぐに伸びていた。
魔族の胸元へと。
魔族の腕が結界へと振り下ろされる一瞬前、それは苛烈さへと姿を変えてその胸元に炸裂した。
馬車の扉ごと結界の端近くまで吹き飛ばされる魔族を見て俺は、何が起きたのかと混乱するメルセジャに言った。
「メルセジャ、もう安心して良いぞ」
俺は扉を吹き飛ばした馬車の出入り口から覗かせたトレードマークの赤毛を認めて思わず笑みを浮かべてしまう。
「侯爵令嬢様の復活だ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます