第4話 追放された侯爵令嬢と行く馬車の旅4

 森から死角になる側に降りると、しばし馬車に平行して軽く走る。

 凝り固まっていた身体の筋がほぐれるのを感じるのと同時に身体の末端まで魔力が通る感覚を確かめる。

 よし、行ける。

 両足に力を込め俺は走り出した。



 *



 背後に足で削ってしまった土が舞う。

 熟練の冒険者は全力で走ったとしても地面を足で掘るような事にはならないらしいので、つまりは俺はまだまだ未熟だという事だ。

 だが早さは合格点だったようで、御者の男が感心したような声を漏らしているのが“遠い”背後で聞こえた。


 馬車の影から突然飛び出してきた俺に慌てた何人かが森から出てくる。

 その数三人。 

 そりゃ悪手だろう。

 そう思ったのは俺だけではなかったようで、森の中から飛び出した三人に向かって罵る声が聞こえてきた。


 飛び出してきた三人の男は罵られながらも手に持った弓を俺に向けようとする。

 完全に俺の速度と自分達の距離を見誤っている。

 俺は慎重に力加減をしながら最初の男の腹部に拳を叩き込んだ。


 殴られる瞬間、男がなぜ目の前に俺がいるのか分からない、みたいな顔を浮かべていたのが妙に意識に残った。

 力加減を間違えていたらこれが初めての殺人になるかもしれないからだろうか。


 男の生死を頭の隅に追いやりながら足を止めずにそのまま次の男へ。

 そして次の男へ。

 三人目の男が地面へ倒れるのと同時に森から矢が飛んでくる。

 矢は三本、誰も逃げていないようだ。

 俺は飛んできた矢を剣で捌く、御者の男の見立ては正しかったようで、矢の内一本だけが少しだけ重かった。


 俺は軽い矢が飛んできた方向に向かって森へと走る。

 木を盾に次の矢をつがえようとしていた男が走ってくる俺を見て逃げだそうとするが、もちろん逃がしたりはしない。

 慣れてきた力加減で腹を殴り悶絶させると、見失わないようにと街道側へと襟首を掴んで放り投げる。

 男が地面に着地する前に逃げようとする人間の影が見えたので同じように処理する。


「くそぉ!」


 創造性のない悪態を付きながら男が、おそらく冒険者くずれの男が街道側へ飛び出し逃げようとする。 走りづらい森を逃げるか、走りやすいが逃げづらい街道を逃げるかで、男は街道を選んだようだ。


 一瞬だけ男が身体強化に自信があるのかと疑うが、そも身体強化まで使えるような冒険者が身を持ち崩した所で野盗なんて実入りの悪い悪事はしない。

 一般人よりかは早い足ではあるが冒険者からすればランク2ですら危うい速度で逃げる。


 簡単に追いつける早さだった。

 馬車からここまで駆けてくる俺の姿を見ていたはずなのに街道を選んで逃げるのは、自棄になったのか混乱しているのか。

 まぁいいや。

 俺は男に追いつくと少し強めに殴った。

 男が短い悲鳴を上げて気を失った。

 我ながら中々に手早く処理できたと思う。


「さてと」


 馬車が追いつく前に縛っておくか。

 俺は気絶した男の襟首を掴むと元来た道を戻るのだった。



 *



「なかなかやりますね旦那」


 気絶した野盗を縛り上げて街道の端に並べていると追いついてきた御者の男が褒めてくれた。

 言外に全員を生きたまま捕らえた事に感心している事がうかがえてちょっと嬉しくなる。


「それにしても……」

 御者の男が若干呆れたような声を出す。

「縄まで持ってたんですかい、それもニードルスパイダーの糸の」

 業者の男の言葉に俺は腰に付けた道具袋を叩く。

「右も左も分からない若造に懇切丁寧に教えてくれる親切な人がいたんだよ」


 ニードルスパイダーの糸を使った縄は冒険者の必須道具の一つだ。

 嵩張らず軽くて丈夫、縛り方によっては高ランクの冒険者ですら抜け出すのが難しくなる。


「それよりも……」

 まだ何か言いたげな男を無視して言う。

「こいつらはどうしたら良いんだ? 突き出すのなら報奨金はそっちのボーナスって事にしてもらっても良いが」

「ほっときましょう」

 御者の男は即答した。

「金なら十分に貰ってまさぁ。馬車に乗っけるわけにも、連れて歩くわけにもいきやせん、ここで放置で良いでしょう」


 死ぬ前に適当に騎士団の連中が拾ってくれるでしょ。

 と男が肩をすくめる。

 まぁ現実的にはそうなるな。

 期限のある旅ではないが野盗相手に足を遅らせる理由も無い。


「ところで旦那のランクはいくつなんですかい?」


 と男が急に話題を変えてくる。


「4になった所だよ、学園に通いながらだとなかなか……」


 そこまで答えて俺はやってしまったと顔をしかめる。

 初めての人間相手の戦闘を終えて気が緩んでいたらしい、言わなくても良いことを言ってしまった。

 そんな俺の顔を見て男が苦笑する。


「そんな顔をしないでくだせぇ旦那。貴族様が冒険者になるのを嫌う者もいやすが、わたしゃそういう類いではねぇですよ」


 冒険者を取り纏める冒険者ギルドは王国にとっては国家の安全を維持するのに必須と言って良い組織だ。

 だがそれと同時に主に、というか殆どが平民で組織される武装組織としての面を持つ冒険者ギルドと王国の関係は複雑で。


 王国最大の武装組織である王国軍を組織する貴族との関係はもっと複雑である。

 故に冒険者の中には貴族が冒険者ギルドに登録する事を毛嫌いしている者も多い。

 一瞬ここからどうすれば誤魔化す事ができるか? 等と考えたが諦める。


 思わず口から溜息が漏れる。

 男が言うことが本当かどうかは分からないが、少なくとも声音にはからかう調子はあっても悪意は感じなかった。


「そうだよ冒険者をやってるよ、先輩殿」


 先輩と呼ばれて男がエッヘッヘと奇妙な笑い声を漏らす。


「わたしゃ名前をメルセジャと申しやす、旦那の名前を伺っても?」

「シン・ロングダガー。びっくりするぐらいの貧乏子爵家の次男だよ」

「シン・ロングダガーってーと旦那があの噂の……」


 御者の男の言葉は最後まで紡がれる事は無かった。

 いや、何か言ったのかもしれないが、その言葉は爆発音によって俺の耳には届かなかった。

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