第3話 追放された侯爵令嬢と行く馬車の旅3
「なんでまた旦那なんです?」
そう訊いてきたのは御者の男だ。
彼はソルンツァリ家の人間で今後は連絡を取るなりなんなりはこの男を通してする事になっている。
なんでまぁ事情を話しても平気だ。
「何とビックリ、俺の親父と宰相殿は実は親友だったらしい」
「はぁ」
貴族社会にあまり詳しくない男は曖昧に相づちをうつ。
「同じ貴族でも大侯爵様と貧乏子爵じゃぁ友人であるってだけでも珍しいって話さ」
曖昧に話を締めて俺は肩をすくめる。
御者と話す為の小さい窓の向こうで男も貴族様ってのも大変ですなと言って肩をすくめる。
そう大変なのだ、ハッキリ言ってしまえば俺の立場は貧乏くじを引かされたに等しい。
俺としてもこれで貴族としては終わったに等しいし、家としても王家と遺恨バリバリの宰相家に付いたと取られると色々と立ち回りが大変である。
ハッキリ言ってしまえばこの茶番劇の駆け落ち相手役は、普通は実行の一週間前に見つかるような条件ではないのだ。
例え見つかったとしても碌な人間では無いだろう。
そこで困った宰相が頼ったのが親友である俺の親父だったわけだ。
親父は宰相殿からすれば信用できる親友で、子供が三人いて都合が良い事にその次男は娘とクラスメイト、更に言えば貧乏子爵家で駆け落ち設定の相手としてはバッチリだったというわけだ。
まぁ奇跡のようにバッチリな人材が俺だったわけだが、ぶっちゃけた話、俺がこの貧乏くじを喜んで引いたのは単に俺が馬鹿だからに過ぎない。
身分違いの高嶺の花だと諦めていた女性の側に、名目だけであろうと夫として側にいられる、ただそれだけに人生ぶん投げられる俺が馬鹿なだけだ。
まぁその人生ぶん投げるだけの価値ある女性は、現在絶賛放心中だが。
流石に才女である、出発当日に一度説明されただけで的確に呪詛を吐く相手を間違えない。
いまではクソ王子の他に光の巫女に懸想していた大貴族の息子の名前が追加されている。
一瞬、ずっとこの状態だったらどうしようかと思ったが、想像してみたら案外余裕だった。
どんな状態でもエリカ・ソルンツァリは美しい、大丈夫一生お世話できる。
こんな美しい彼女の側にいられる、もしかしたら俺は世界一の幸せ者かもしれない。
*
「あー旦那、相談したい事が」
男が馬車の速度をさりげなく落としながら声をかけてきたのは昼を少し過ぎた所あたりだった。
俺は丁度、呪詛をはき続けるエリカ・ソルンツァリに水を飲ませている所だった。
彼女は器用に呪詛を吐きながら水を飲むという奇跡を体現しながらも美しかった、何せ一滴も水をこぼさないのだ。
俺は流石エリカ・ソルンツァリと感心しながらも水筒の蓋を閉めると窓へと顔を近づけると男が言った。
「まだ遠いので多分なんですが野盗がいるかもしれません」
「は? 王都のこんな近くでか?」
早朝に王都を出てから八時間ほどの距離である、街道を使っているので速度はそこそこ出ているもののまだ王都と目と鼻の先の距離だ。
今から追放される国ではあるが、この国の治安はそんなに悪かっただろうか?
「いやぁむしろ近いからでしょうね」
御者の目がまだ遠い街道沿いの森の方をさりげなく見ながら言う。
御者いわく王都から西側へと伸びるこの街道は交易品を乗せた商家の馬車が多いらしく、王都から出るにしても王都に行くにしても必ず通るもっとも王都から遠い場所がこの辺りになるらしい。
王都の騎士団もその辺りは十分承知しているので重点的に巡回し盗賊狩りもおこなっているらしいが。
裏を返せばタイミングさへ見計らえば獲物を狙いやすい場所であるのだ。
「それに今は俺達以外の馬車は通ってねぇ」
「成る程」
俺は他にも言外に金持ちが持ってそうな箱馬車だしなという言葉も受け取ると御者の判断を信じる事にした。
俺は立て掛けていた剣を引き寄せながら男に言う。
「それにしてもあんたは冒険者だったんだな」
「ふぇ? 分かるんですかい?」
意外だと言いたげな御者の男に苦笑を返す。
「流石にこの距離で賊に気がつけるのはスキル持ちの冒険者か元冒険者ぐらいだろう。宰相殿は政治的な理由で冒険者だろうと元冒険者だろうと冒険者は家臣にできない、だったら宰相殿と個人的に契約した冒険者だと思うのは不思議ではないだろう」
「うへぇ貴族様ってのは」
呆れたような声を出す男を無視する。
「ランクは?」
「6でさぁ」
成る程流石は侯爵家だ、継続的に雇える中で最高ランクを雇ってきたか。
ランク6なら半分人間をやめている範疇だ。
これ以上のランクになると継続的に雇うのは難しくなってくる。
資金的な意味でもそうだが、相手の身体が都合良く空いているとは期待できなくなってくるからだ。
ちなみに我が家だとランク6であっても継続的に雇うのは不可能だ、資金的な意味で。
「数は分かるか?」
「街道右手の森の中に六人、冒険者くずれっぽいのが一人いますが……」
男は一瞬だけ遠い目をする。
「まぁ雑魚ですなぁ」
馬車の結界も抜けないんじゃないですかねぇ、と男は独り言のように呟く。
俺は引き寄せた剣を腰の剣帯に止める。
「俺が一人で出る」
「はい?」
男が思わずと言った感じで窓越しに振り返る。
「あんたの見立てを疑うわけじゃないが冒険者くずれが居るなら油断はしない。いやむしろ見立てを信じてるから一人で出る、この馬車の結界も抜けないような連中なら俺一人で十分だ」
男はしばし俺の顔を見ると肩をすくめる、つまりはお好きにどうぞって事だ。
「万が一の時には俺を無視して逃げてくれ」
「冒険者が金を払ってくれる人は誰なのかを忘れるわけねーでしょ旦那」
皮肉で了解したと答える男の態度に思わず笑みがこぼれる。
つまりはエリカ・ソルンツァリの安全は任せろという事だ。
「じゃ、行ってくるよ」
俺は馬車から飛び出した。
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