第2話 追放された侯爵令嬢と行く馬車の旅2

 俺が強ばった顔の親父にいきなり勘当を言い渡されたのは、エリカ・ソルンツァリが国外追放を言い渡される丁度一週間前だった。

 学園最後の一年が始まる前の短い春休み、その初日に家から出て行けと言われた俺は天井を見上げてしばし考えた。


 家は長男である兄貴が継ぐ事になるだろう、幸い健康で武よりも学で認められ王宮に勤めている。滅多なことでは死なないだろう。

 更には万が一の時は弟もいる。

 成る程、俺はいなくても家は大丈夫だろう。


「分かった親父、出て行くわ」


 残念なのは学園に通えなくなる事だ、少なくともあと一年はあの横顔を見ていられたのにな。

 俺は瞼の裏にエリカ・ソルンツァリの横顔を思い浮かべて、もう見れないのかと残念に思った。


「いやいや、待て待てアッサリ了承しすぎだ息子よ、慌てすぎて説明がすっぽ抜けたワシが言うのも何だがもう少し家に執着を持ってくれ」


 こちらが清く覚悟を決めたというのに親父が慌てて待てと言ってくる。


「執着が持てるほど立派な家ではないからなぁ」

「歴史だけはある名門子爵家だぞ、ご先祖様のバチが当たるぞ馬鹿息子が」


 自分で歴史だけとか言ってるのは良いのだろうか? 俺はそう思いながらも座るよう促されたのでソファに腰を下ろす。

 テーブルを挟んで座る親父は自分の部屋であるのにどこかに人でも潜んでいないかと探すように部屋を見渡してから俺の方を見た。

 その顔は強ばっており、俺の知るとおりだったらそれは強い怒りを抑えている時の親父の顔だった。


 ……はて? 俺は親父にこんな顔をさせるような事をしただろうかと自問する。

 確かに俺は真面目な貴族ではないだろう。

 何せ真っ当な跡取りがいるのを良いことに学園に籍を置きつつも、その傍らで冒険者業をしているような奴だ。

 それは学園の設立理由を鑑みれば到底褒められるような事ではないし、そも学園に通うのは正直なところエリカ・ソルンツァリの横顔を眺めに行く為と言っても過言では無い。


 当然成績は地を這うミミズも同然だ。

 ……うーん、勘当されるのも当然じゃないかな、俺。

 そんな風に俺が自分が勘当される理由を考えていると親父がゆっくりと口を開いた。



 親父の口からエリカ・ソルンツァリの名前が出た時は、自分の抱く身の丈に合わない恋心でもバレたのかと心中穏やかでは無かったが。

 その後に語られた内容を聞いた俺は、気が付けば奥歯を噛みしめていた。

 なんだそれは? というのが俺の感想だった。


 エリカ・ソルンツァリは何一つ悪く無いではないか。

 大貴族の連中と王家が光の巫女に近づきたいと、何も悪くないエリカ・ソルンツァリを排除しようとし、あげくその企みを何者かに利用され、国家の重鎮たる宰相の娘を国外追放にせざる得なくなるという大失態をおかした。

 悪いのは大貴族の連中と王家である。


 もっと言えば目玉ぐるぐるさせて頭に花を咲かせて光の巫女に夢中になっていた王子のせいだ。

 王子がまともで有れば王家まで企みに乗らなかっただろうし、そうであれば宰相の娘を使って、王家と宰相の間に遺恨を作ろう等と画策する者も現れなかったはずだ。

 こんな馬鹿共のせいであのエリカ・ソルンツァリが、輝かしい未来が約束されていた彼女の未来が閉ざされるのかと思うと怒りで叫びそうになる。


 俺が怒りを堪える為にギリギリと奥歯を噛みしめていると、親父が若干顔を緩めて溜息を吐く。


「まぁその怒りは分かるよ息子よ」

 親父が若干疲れたような笑みを浮かべる。

「それでお前に家を出て行って貰うという話だが」

「そうだ、親父。今の話と俺の話にどういった関係があるんだ?」


 エリカ・ソルンツァリに起きた事には怒りしか感じないが、それが俺を勘当する理由を説明する上で出てくる理由が分からない。

 俺が親父の顔を見ながら続きを待っていると。


「お前にはエリカ嬢と一緒に国外追放されて欲しい」

「……は?」

 とんでもない言葉が親父から飛んできた。

「……は?」

 俺は二度聞き返した。



 現在のエリカ・ソルンツァリの立場はかなり微妙な物だ。

 彼女が国外追放される理由は光の巫女の暗殺を企てたと教会に告発されたからだ。

 これが宮廷での政治闘争の果ての結果であれば例え国外追放処分になろうと、諸外国にある侯爵家所有の邸宅で貴族として生活できただろうし、状況が変われば帰国することも容易かっただろう。


 だが彼女を告発した相手は教会である、当然ながら教会にとっては神に愛された光の巫女の価値は国王にすら勝る。

 王国の法的にも光の巫女の暗殺など計画した時点で死刑一択である。

 やたらと大規模で手の込んだ工作を利用された結果、今更それが嘘であるとする事すら難しく。


 むしろ国外追放になるよう教会相手に工作できた事自体が半ば奇跡だ。

 その工作のさいに王国はエリカ・ソルンツァリの貴族籍の剥奪を教会に約束してしまっている。

 これで少なくとも宰相は表だっては国外追放された娘を継続的に支援できなくなってしまったのである。


 宰相としては怒り心頭の事態ではあるが、娘の命には代えられない。

 顔を真っ赤にしながらも受け入れたそうだ。

 王家と宰相との間に遺恨バリバリである。

 どこの誰かは知らないが上手くやったとしか言えない。


 だが問題はこれだけではない。

 実はこの一連の出来事、事ここに至ってとうのエリカ・ソルンツァリと光の巫女には一切しらされていないのである。

 理由は簡単、光の巫女様の内心を慮ってである。

 王家大貴族連中と教会とでは理由が違うものの光の巫女にはこの暗殺計画は完全に伏せられている。


 当初の計画では春休みの最中に全て終わらせ、光の巫女はエリカ・ソルンツァリから理由も聞かされる事も無く離れる事となるはずだった。

 故にエリカ・ソルンツァリも光の巫女も現状では自分が置かれている状況をしらされていないのだ。


 娘が死刑になれば宰相との関係は修復不可能となるだろうと王家はそれこそ必死になって何とか国外追放にと工作できたものの、残された大きな問題がある。

 光の巫女様にいかように説明するか? である。

 まさか馬鹿正直に貴方の親友が貴方の暗殺を計画しましたので国外追放に致しましたとは言えない。


 信じられても疑われてもどうなるか分からないからだ。

 巫女の心が曇れば国が傾きかねない。

 そうして、その問題を解決するのに捻り出されたのが俺である。


 悪い少し言葉が足りなかった。

 つまりはあの馬鹿どもはこんな話を思いついたのだ。

 エリカ・ソルンツァリは身分違いの恋に落ち、勝手にその相手と婚姻を結び駆け落ちしたと。

 ですので巫女様はどうか心やすらかに彼女の前途と幸せをお祈りくださいませという事だ。



 というわけで、その相手に俺ことシン・ロングダガーが選ばれました。

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