追放された侯爵令嬢と行く冒険者生活
たけすぃ
驚くほど近く、息をのむほど遠い君へ
第1話 追放された侯爵令嬢と行く馬車の旅1
初夏の晴れ渡る青空の下、俺は馬車に揺られながら同じく隣で馬車で揺られる女を見た。
……真っ白だった、女は燃え尽きた灰のように真っ白な雰囲気を纏っていた。
虚空を見つめ、形の良い唇は半開きで喉からは意味を成さない声が漏れている。
いや……違う。
俺は耳を澄ました。
「あのクソ王子クソ王子クソ王子」
おぉ耳を澄ますんじゃなかった。
俺は若干の後悔を感じながらも器用に半開きの唇で呪詛の如き言葉を紡ぎ続ける女の顔を見る。
本来なら相手を萎縮させる程の意思の強さをたたえていた目は茫然自失、形は良いが人によっては傲慢さすら感じさせる強気な唇は半開き、額から顎にかけての美しいラインを支える喉は意味の無い声を……いや呪詛の如き言葉を紡ぐ。
だが、だがそれでもなお彼女は美しかった。
エリカ・ソルンツァリ。
王国有数の名門侯爵家の娘であり、剣と魔法の申し子。
天から二物も三物も与えられた天才。
そして、つい数日前に国外追放を言い渡された身でもある。
そう、この女は国外追放されるのだ。
あとついでに言っておくと俺の初恋の人でもある。
え? 訊いてないって?
俺も勢いに任せて言ってしまって恥ずかしいから許してくれ。
*
事の発端は単純である。
貴族の子女だけが通うことが許される、王国の学園に一人の少女が入学した事から始まる。
問題はその少女が平民であり、そして彼女が光の巫女様だった事である。
俺のような貧乏子爵家の息子からすれば、へー程度で終わる話ではあるのだが、そう単純に済まないのが上級貴族の世界だ。
折しも学園には次代の王となるだろう王子やら、将軍の息子やら有力大貴族の息子やらと、やたらと娘の嫁ぎ先としては文句なしの物件が集中している年だった。
次代の王国を担う人材を育てる、という名目と同じ比重で貴族子女のお見合いの場という側面を持つ学園である。
本来であれば家柄という階層が自動的に調整をかけ、その中で上級貴族同士があれやこれやと難癖つけあいながらも、だいたいは収まるべき所に収まるものなのだが、今回ばかりはそうは行かなかった。
学園に光の巫女様がいたからだ。
光の巫女である、という事はその出自が平民であろうと全てを無視する力がある。
何せ光の巫女とは神に愛された証拠だからだ。
光の巫女がいればその国は豊作に恵まれ、魔物の被害は減るし、なんなら他国からはそれだけで尊敬される。
なにせガチで神様が選んだ結果、光の巫女となるのだ。
人間の手によってコントロールできないだけにその権威は絶大だ。
条件が合うならば、半ば強制的に学園へと入学させるのも、ぶっちゃけ王国として光の巫女をどこぞの貴族の嫁にしたいからだ。
というわけで学園のご令嬢の方々は、本来であれば希に見る優良物件が揃う奇跡の年から一転、その優良物件達が自分達へは目もくれず、こぞって光の巫女様に殺到するという地獄の年へと変化したのである。
当然ながらこれを気にくわない上級貴族の家々はどうにかしたい所だが相手は光の巫女様。
その身分や王からの命令ですら断れる自由意志は法の下に保証されているし、何かを強制したりましてや危害を加えよう物ならガチで国が傾く。
過去に光の巫女に意に沿わぬ婚姻や移住を強制した国は例外なく傾く事になったし、なんならその大半は滅びている。
神に愛され選ばれた光の巫女は伊達ではないのだ。
光の巫女に何かするというのは如何に大貴族であっても不可能だった。
というわけで、普段はオホホーとかウフフーとかハハハーと優美に笑っていらっしゃる貴族子女の方々は一転、歯を食いしばりグギギギとなったり目を血走らせてはフーフーと鼻息を荒くするあまり優美とは言えない学園生活となったわけだ。
なかなかに混乱した学園生活だったと思う。
貧乏子爵家のそれも次男坊である俺がうわぁってなるくらいだ。光の巫女と近づきたい、あわよくば結婚等と画策する上級貴族とそれに巻き込まれる下級貴族。
表向きは貴族の面子の為か辛うじて穏やかであったはものの、娘を入学させた貴族家と息子を入学させた貴族家との間には明確に溝が出来たし、このままでは将来に渡る禍根になるのも時間の問題だった。
だがそこに現れたのがエリカ・ソルンツァリだった。
彼女は極自然に、誰も牽制すらできない素早さで光の巫女の最も親しい友人となったのだ。
その動向に父親である王国宰相の意思があったのかどうかは分からないものの、光の巫女の親友となった彼女は、持ち前の性格と自身の家が持つ力を持って光の巫女へと群がる木っ端貴族を蹴散らした。
光の巫女の自由意志は妨げられない、そこを頼りに彼女へアタックを仕掛けようとしていた中下級貴族はエリカ・ソルンツァリの壁の前に実質的に脱落した。
上級貴族はこの時点では流石は宰相殿などと思っていたようである。
子供に男子の居ないソルンツァリ家としては、これで他の上級貴族へと恩を売ったというわけだ。
上級貴族家の人間は考えた、これで邪魔なライバルは消えた、後はソルンツァリの娘の紹介という形で仲を取り持ち光の巫女との縁談を……と。
所がいつまでたってもソルンツァリ家からはそれらしい誘いがどの貴族家にも来なかった。
ソルンツァリ家主催のパーティーはあれど、そこに光の巫女が出てくる事などもなく、ましてやエリカ・ソルンツァリが学園で誰それの家の息子に光の巫女を引き合わせた、という話も出てこない。
光の巫女と釣り合う、と思っている上級貴族家が小首を傾げ始めたころ、衝撃的な話が広がった。
宰相殿は自分の娘が光の巫女と親友であると知らなかったらしい。
そんな馬鹿な、という意見も多かったらしいが現状を考えると納得できる話ではあった。
だが事の真偽はともかくとして、この話を知って上級貴族達は急ぎ動き出した。
今までは下手に動けば不利益を被りかねないと、他家を牽制はしても積極的に動いてこなかったのだがこうなれば遠慮は要らなかった。
何せライバルはまだ多くそして強いのだ。
そしてここで大きな誤算が生じた。
当の光の巫女がまったくもってなびかないのだ。
光の巫女と言ってもしょせんは平民、ちょっと贅沢な生活でも約束してやれば等と考えていた貴族家の子息はそうそうに脱落。
それではと真面目に近づこうと、遊楽やパーティーへと招待しようとすると、何だかんだと理由を付けられ断られる。
正確にはエリカ・ソルンツァリを理由に断られるのだ。
貴族家やそして恐らく一番真剣に光の巫女へと懸想していた王子は首を傾げた。
やはり宰相殿は全て知っておられて何かしらの考えがあるのではないか、そんな疑問がわき起こった。
そうでなければ、ああも都合良く何に誘ってもエリカ・ソルンツァリを理由に断られるわけがないと。
だがその誤解もすぐに解ける。
何せ光の巫女は真実エリカ・ソルンツァリにべったりだったからだ。
平民の彼女にとってエリカ・ソルンツァリは貴族だらけの学園で唯一気を許せる無二の親友となっていたからだ。
平時であればそれは美しい光景だったかもしれないが、残念ながら彼女は光の巫女であり、微笑ましい光景で済ませられなかった。
これでエリカ・ソルンツァリが他の貴族家男子に光の巫女との橋渡しでもすれば話は違ってきたが、エリカ・ソルンツァリにその気はまったくないようであり。
なおかつ彼女自身の縁談を見つけようとする気すら見せなかった。
八方塞がりである。
光の巫女を直接攻めても駄目、エリカ・ソルンツァリは仲を取り持つ気はない、エリカ・ソルンツァリの縁談探しを足がかりに光の巫女に近づく事も難しい。
ついでに言えば宰相殿は娘を使ってどうこうする気は無さそうである。
結果、学園は表向きは平穏でありながらその裏では如何にエリカ・ソルンツァリと光の巫女を引き離すかの策謀が渦巻く場となったのである。
そしてそれは三年間成果を結ぶことは無かった。
エリカ・ソルンツァリがただの下級貴族の娘であったのなら、とうに排除されていただろう。
エリカ・ソルンツァリが宰相の娘でなければ、とうに排除されていただろう。
エリカ・ソルンツァリが平凡な能力の娘であれば、とうに排除されていただろう。
残念ながら彼女は侯爵家令嬢で、宰相の娘で、剣と魔法においては他に類を見ないと言わしめる才能の持ち主だった。
これに光の巫女の自由意志が合わされば、まぁちょっとやそっとの工作では二人を引き離す事は不可能だったのだ。
だからだ、学園卒業まで後一年という所で彼らがちょっとやそっとではない工作を仕掛けたのだ。
エリカ・ソルンツァリは嵌められた。
上級貴族から果ては王家までもが手を組んで彼女を排除しようとしたのだ。
最初は一年ほど学園から去って貰う程度の工作であった。
そのはずであった。
だがどこかで計画に狂いが生じた。
いや誰かが意図的に計画を利用したのだ。
規模が大きく自分達の計画が利用されている、と分かった時には既に手遅れであり、巻き込んだ範囲があまりに広く収拾を付ける為に同規模の工作が必要になる程だった。
そうでなければエリカ・ソルンツァリは死刑になっていただろう。
彼女は教会から光の巫女の暗殺を目論んだと告発され、結果国外追放とされた。
これがエリカ・ソルンツァリが追放された理由だ。
ん? 何故ただの貧乏子爵家の次男坊である俺がそんなに詳しいって?
旅は始まったばかりだ、それも説明しよう。
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