来たれ夏休み-2

 校内大会の活躍が認められ、竜秋の塔伐者階級はゼロから30まで引き上げられた。ちなみにこの階級の校内ランキングは、学生証端末から簡単にアクセスして確認することができる。


 松クラス三十名が未査定で階級ゼロのままということもあり、校内大会終了時の段階で竜秋は学年四位。上には馬城、棘、沙珱が君臨しており、沙珱の階級は既に『50』だ。


 ともかく、目標ラインにはギリギリ乗った。伊都は約束通り、《塔伐器》――塔棲生物とうせいせいぶつに有効な武器を、竜秋にプレゼントしてくれた。


 しかも出来合いの物ではなく、竜秋の戦闘スタイルや要望に合わせ、一から職人がデザインする――"オーダーメイド"の《塔伐器》である。


 それがちょうど、あれから二月半経った今日、完成したと連絡があったので、今日ばかりは佐倉に負けた直後の放課後でも、竜秋の足取りは軽かった。


 いつもの集まりに少し遅れると爽司たちに断って、竜秋は単身、キャンパス北端の《ラボラトリーエリア》にやってきた。


 四方を屋根の低い建物群に囲まれた、八階建ての研究棟が目を引く《ラボラトリーエリア》は、開発部所属の候補生に加え、直系の"塔伐科大学"に進学した学生と教授らが集結し、【塔】に関する最先端の研究に没頭しているという。


 慣れた足取りで中央の研究棟の磨き抜かれた自動ドアをくぐり、エレベーターに学生証をかざして目的の七階へ。


 七階には五つの研究室と三つの実験室があるが、現在このフロアを使っているのは塔伐科高校三年生の一人だけ。その理由は……


 キイイイイイイイイイイイッ!!――耳をつんざくような轟音が、突如フロア一帯を駆けずり回った。


 もう慣れた様子で素早く耳を塞ぎつつ、竜秋は足早に実験室へ駆けつけると、轟音の出どころであるその部屋の分厚い扉を蹴破った。


 ピタ、と途端に音が鳴り止む。


 十畳ほどの空間。電気もつけない薄暗がりに、おびただしい数の機械類、コード、ディスプレイの光がチカチカ明滅している。その奥の方に座り込んで何やら機械をいじくり倒していた、白衣を羽織った女が一人、竜秋の方を振り返った。


「やあ、君か。相変わらず時間に正確だね」


 背丈は百五十センチほど。淡いリーフグリーンの髪の毛はボサボサでろくに手入れされている様子もなく、化粧っ気のない顔はススまみれ。伊都によれば「ちゃんとすれば美人」らしいのだが、当の本人は自分の見た目になど皆目興味がないらしい。


 このフロアに彼女、八代やしろ めい以外が寄り付かないのは、彼女の異常な騒音被害のせいだった。


 階級30となった竜秋に伊都がくれたのは塔伐器そのものではなく、天才開発者たる彼女への紹介状だった。初めて会った二ヶ月半前から、印象はほとんど変わっていない。ズバリ変人偏屈変態だ。


「あんたこそ、相変わらずバカうるせー音出してんな。耳がバカになってもしらねーぞ」


「え?」


「既にかよ!」


 呆れて近づきながら、本題に入る。


「例のブツを取りに来た」


「あぁ、ほら」


 瞑が手近の台に置いていた小ぶりのアタッシュケースを放って寄越す。キャッチして、竜秋は中をあらためた。


 真紅のクッションに包まれて、ケースの中に横たわっているのは――美しい銀色の、金属棒だった。


 長さ五十センチ、厚み直径五センチ程度の円柱形であり、握るとしっかり手に馴染みつつ、程よい重量感がある。マット加工を施した白金プラチナのような、鈍く重い光沢。天翔ける龍を思わせる意匠の浮彫細工レリーフが中央にあしらわれ、両端に白銀のたがめられた以外には特筆する装飾のない、洗練されたデザインだ。


 竜秋は手に取った銀棒を胸の前に掲げ、強い意志と共に握った。――伸びろ、と。


 途端に、銀棒は両端から射出するようにその全容を伸ばし、ものの一瞬で四倍もの長さにまで拡張された。生じた風圧が、実験室のホコリを巻き上げる。


「完璧だ。よく馴染む」


 くるくると器用に操ってから、金属棒のサイズを元に戻し、ケースに納める。


 竜秋と瞑の共同開発によって生まれた、この世に唯一無二の塔伐器――西遊記の神器から借り受けて、名は《如意棒》。


 一応最初は瞑に設計から全て一任するつもりだったものの、いざ始まると並々ならぬこだわりも手伝ってあれこれ口を出すようになり、いつの間にか暇を見つけてはこの実験室に入り浸っていた。一番ひどいときでは互いに寮にも帰らず、この実験室で寝食を共にしたことすらある。


 伸縮精度を誤差一ミリ詰めるために何が必要か、夜通し議論と実験と反省を繰り返した記憶も今となっては懐かしい。


「なかなか感慨深いね。オーダーメイド品を作るのはそろそろ両手の指じゃ足りないが、そのかん君ほどボクの隣に張りついてた客は初めてだったよ」


「命を預ける武器だ。こだわるのは当然だろ」


 元々竜秋は、入学と同時に塔伐器の自主開発に乗り出す気概でいた。その必要がないと分かってからも、必修ではない《塔伐器工学》などの開発分野は一通り履修して学んだし、それでも飽き足らず図書館のPCにかじりついて塔伐器関連の論文を総ざらいした。一度興味を持つと極めるまで引っ込みがつかないのが竜秋の悪癖である。


 その基盤があったからこそ、八代瞑がいかに常軌を逸した鬼才であるかが骨身にしみた。彼女の隣で過ごす時間は学びと発見の無限連鎖であり、彼女と交わす議論は馬城と交わす拳に匹敵する価値があり、つまり、平たく言えば――楽しかったのかもしれない。それは絶対に言わないが。


「ところで、ボクの助手になる話は考えてくれた?」


「何度も断ってんだろ」


「知識と熱意、応用する頭もある。何より貪欲なその知識欲、探究心がいい。君は開発者に向いてるのになぁ。しかも料理も掃除もできるだろ?」


「助手にどこまでやらす気だ……」


「欲を言えばお風呂にも入れてほしい」


「親泣くぞ!」


 むぅ、と唇を尖らせた瞑に背を向けて、竜秋はさっさと退散を決め込んだ。


「もう来なくなるのかい?」


「……近いうち、使い心地を報告しに来る」


「そっか、それはありがたい、改良のための貴重な情報になる。君ならメンテも格安でうけたまわるよ」


 見送ってくれた瞑の最後の声は、少しだけ弾んでいた。

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