来たれ夏休み-3

「んんんんんんん……――夏休みだあああああああああっ!!!」


 翌日。終礼を終えた瞬間、隣の爽司が絶叫とともに両拳を突き上げた。


 彼の言うとおり、本日より竜秋たちは前期すべての日程を終えた。これから約一ヶ月間は、いわゆる夏休み。帰省が許される盆の一週間以外は、キャンパス内のどこで何をしてもいいという夢のような期間である。教室を見渡せば、分かりやすいやつと分かりにくいやつはいるが、皆どこか浮足立っている様子だった。


「たっつんは何して過ごす予定!?」


「自習と訓練」


僧侶そうりょ!? これだからストイック坊やは!」


 ぺちんと自分のおでこを叩く爽司。殴りたい。


「夏と言えば山! 海! キャンプ! そして一夏ひとなつのアヴァンチュールっしょ! 早速明日、二年の女子三人と合コンするけど来ない!?」


「なんなんだお前の人脈の広さは……」


 爽司はこの二月半で、既に校内のほとんどの人間と交友関係を築いている。一瞬で他人の警戒心をゼロにする人心掌握術の方が、よっぽど彼の異能だと竜秋は思う。


 その時、黒板の上のスピーカーから校内放送が流れた。


『ご報告します。《発生区域エリア東京Ⅳ》で先日ステージ3に移行した【塔4号】、本日一五四七ひとごよんなな、式部伊都、矢吹亜郎やぶきあろう冬島凍吏ふゆしまとうり候補生三名により完全攻略オールクリア。繰り返します――』


 わあっ、と拍手喝采が巻き起こる中で、竜秋は一人、膝の上で拳を握った。


 今呼ばれた三名は、候補生トップチームとの呼び声高い三年生トリオ。様々な矢を高速で連射する《弓師アーチャー》矢吹と、広範囲を一息に凍らせるほどの氷結能力者、《冷凍師フリーザー》冬島。この面々に《裁縫師テーラー》の伊都が比肩ひけんしているのだから驚愕である。


 東京の発生区域に五ヶ月前から威容を誇っていた、全長百二十メートル級の【塔4号】が"自壊"直前の兆候を見せ始め、ステージ3――即ち"攻略最優先対象"に移行したのが五日前。


 在校生の誰が今、どこの塔に登っているのかは学生証端末から確認できるのだが、百メートル超えの塔に挑める学生はほんの一握り。彼女たちの攻略の成否は注目の的となっていたのだった。


「すげえよなぁ、式部先輩。しかもめっちゃ美人だし。オレもお近づきになりたい〜」


 くねくねとキモい動きで身をよじりつつ、「チラッ」とわざとらしく口に出して言いながら爽司が竜秋に目配せする。


「ね、ねねね一生のお願い! 式部先輩紹介して! 仲良いじゃんたっつん!」


「俺も二ヶ月以上会ってねえよ」


 伊都とは、校内大会直後に暝を紹介してもらったきりだ。食事どころか連絡もとっていない。


「えーっ、なんで連絡とらねえの!? 連絡先交換してんでしょ!?」


「しねぇだろ、用もねぇのに」


 言いつつ、竜秋はその夜、久しぶりに伊都に連絡を入れた。《如意棒》が完成した報告と礼を兼ねて、塔の話を聞きたかったからだ。


『あんたも夏休みだろ。近いうち飯に行かないか。話したい』


 風呂上がりの火照った体で自室のベッドに腰かけ、思っていることをそのまま打ち込んで送信。既読はすぐについたが、十分ほど間があって、返信がきた。


『それなら、今度は校外で会いませんか?』


『校外? 任務以外、学校の外には出ちゃいけないルールだろ』


『裏技があるんです』


 会えるならどこでもよかったが、正直その裏技とやらも気になったので、彼女に従うことにした。約束は一週間後。それまでは訓練室に籠もって、《如意棒》を振るう感覚にでも慣れておくとしよう。


 メッセージのやり取りが一段落したので、シャワーを浴びようと立ち上がったところに、ピロンと再び通知音が響いた。


『475621 十秒以内にインしろ!』


 伊都かと思ったら、差出人は馬城。思わず舌打ちが出た。六桁の数字は《DIVER》に入力する、同一の仮想空間で落ち合うためのルームマッチ招待コードだ。


 馬城に稽古をつけてほしいと頭を下げたのは竜秋の方だったが、直近戦績が五分に近づいてからというもの、最近は毎日この調子である。


『風呂が先だ』


『あぁ!? オレを待たすとはいい度胸だな!』


『明日から学校もねぇんだし、少しくらい夜更しできんだろ。今日は十本勝負だ、お前も風呂入っとけ』


『じゃあ十五分後だ! 遅れたら殺す!』


『首をしっかり洗ってこいよ』という竜秋のリプに、怒りのスタンプが連打される。フッと鼻から笑いが漏れた。馬城との仮想戦闘はいつも夜遅くから始めていたので、十本も一度にやるのは今日が初めてだ。


 授業がなくて退屈だと思っていたが――悪くないな、夏休みも。


 十五分で準備を整えるべく、竜秋は慌ただしく服を脱ぎ散らかし始めた。

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