松組殺し-3

 竜秋は緩やかに覚醒した。知らない場所に寝かされている。清潔感のある白い壁と天井、心地よい肌触りのシーツ。――……病院、か?


 あっ、と弾んだ声がして、視線を真横に移すと、黒髪の少女が真横に揃った前髪を揺らしてこちらへ身を乗り出すところだった。喜びと安堵が滲む感情豊かな笑顔は、竜秋と目が合うと、たちまち幻だったみたいに引っ込められた。


「おはよう、たつみくん」


 白夜沙珱。彼女の顔を見た途端、途端に様々な記憶が、濁流のように一斉に、竜秋の頭になだれ込んできた。


「……俺は……竹組に負けたのか」


「いいえ。最後まで生き残った。でも、校内大会は中止になってしまったわ」


「は……?」


「順番に話すから、落ち着いて」


 竜秋は沙珱から、一切の事情を聞かされた。松クラスの生徒が一人、大会中に何者かに殺されて、現在も佐倉たちによる調査が続いている――とてもじゃないが、落ち着いて聞いていられる話ではなかった。


「なんだ、そりゃ……俺はどんくらい寝てた」


「この医務室に来て、今ちょうど三十分くらい。赤羽先生は講堂ホールに戻られたわ」


 竜秋は呆然と体を起こした。自分の預かり知らぬところで、理解不能の事態が起きている。それはとても、不快な感覚だった。


「……炎」


「え?」


「いや、ゴチャゴチャしてた頭んなかのゴミを、まとめて炎が燃やしてくれたみたいな。そんな記憶があんだよ」


「……そう」


 竜秋はその記憶について、深く追求できなかった。それよりもっと看過ならないことを思い出したからだ。


 途端に竜秋の顔が、タコのように真っ赤にだった。


「お、お、お前、俺が竹組の、赤く光るやつと戦ってたとき、その……み、見たか?」


「え、なにを?」


「いや、見てねえならいい、忘れろ」


「……もしかして、泣いてたこと?」


「ああああああああああああああああああああああああああああッ!!! 言うなッ!!!」


 竜秋は抱えた頭を勢いよくシーツに埋めた。心が折れてメソメソ泣いているところを見られたなんて、一世一代の恥だ。


 くすっ、と小さく吹き出す声がしたので、竜秋は猛然と顔を上げた。


「なに笑ってんだ!!」


「だって……」こらえきれないように口元を押さえる沙珱の笑顔が、初めて見る顔だったので、竜秋は怒りを忘れかけた。


「誰にも言わないから、大丈夫よ」


「そ、そうか。マジで頼む。なんでもするから」


「でも、大会の模様は映像で校内中に流されたはずだけど」


「死んでくる!」


 飛び出しかけた竜秋の体を、「ほら、安静にしてないと」と即座に白鬼化した沙珱の馬鹿力が引き止める。完全に力負けして布団までかけ直された竜秋は、憮然とした顔で天井を睨みつける。


「……つーか、お前、その姿」


「うん」


 白い髪、赤い瞳の姿に変貌した沙珱は、はにかむように口元を結んでうなずいた。


「私を縛っていた呪いは、あの日自分で自分を呪ったものだった。壊せたのは、全てあなたたちのおかげ」


「覚えてる。お前が二、三人斬ったとこまでは。クソ、結局お前一人に全部もってかれちまったのか。次は絶対負けねえ」


 一人対抗心を燃やす竜秋に、沙珱がかすかに微笑んだ。


「私も。あなたには負けない」


「あぁ? 既に大差つけてんだろーが、イヤミか!?」


「おっ! たっつーん、起きてんじゃん! よかった!」


 軽い声とテンションで医務室に乱入してきたのは、爽司だった。その後ろに閃とひばりもついてきている。


「お前……開幕早々死んでんじゃねーよ、ザコが」


「ひどい! ナイスアシストだったでしょ!?」


 憎まれ口を叩きつつ、いつもの爽司が生きて目の前にいることにどこかホッとして、竜秋の口元にも初めて笑みが浮かんだ。


「お前ら、講堂ホールに残されてたんじゃないのか?」


「明らかに犯行と関係なさそうな能力者は、とりあえず釈放されただよ」


「本当は、みんな揃ってからお見舞いに来たかったんだけど……」


「たっつんのことが気になってな!」


 なるほど、と竜秋は三人を招き入れた。状況的に見て松組殺しに異能バベルが使われたのは間違いないが、このメンバーの異能バベルで人を殺すのは確かに無理がある。


 というか、ここにいない残りの連中も含めて、桜クラスの中に今回の犯行に有用そうな能力の持ち主はゼロだ。幸永たちもそのうち解放されるだろう。


 丸椅子を運び込んできてベッドの周りに並べ、竜秋を取り囲むように四人が座った。


「にしても、とんでもないことになったなぁ。こんな物騒なガッコーだなんてオレ聞いてないぜ」


「亡くなった人、一年の主席だったんだよね……そんな強い人が殺されちゃうなんて」


「どんなに強い能力者でも、仮想世界にダイブ中の無防備なときに刺されちゃ為す術ないだよ」


「でも、あの不死鳥君はすごかったよな!」


「不死鳥?」


「いやーそれがさ……」


 爽司から不死鳥伝説を語られた竜秋は、素直に瞠目した。


「へぇ、松にはそんな能力者までいんのか」


「やっぱ別格なんだなぁ松って。最初の十人がダイブしてから、その二人がいきなり喉から血ぃ噴いて大騒ぎになるまで、こっちの時間じゃ三十秒もないくらいだったから、映像ほとんど見れなかったけど」


 竜秋たちの戦っていた仮想世界は、プレイヤーの脳に干渉して知覚速度を加速させることで、現実世界の十二倍速での時間経過が実現されている。


 第一陣の鬼が解き放たれてから、神谷孔鳴が殺害されるまで、仮想世界内では六分程度。つまり現実世界における三十秒間。犯行は、大勢の目がある中で、堂々と、このほんの僅かな時間で行われたことになる。


「そもそも、なんでその子は殺されたのかな……?」


「誰かに恨まれてたとか?」


「狙われたのは主席と次席。個人的な恨みで狙ったというより、"強い能力者だから殺した"って理由のほうが状況的にしっくりくるだよ」


「でも……強い能力者を殺して、誰になんの得があるの?」


「情報が少ないから、それはまだなんとも言えないだよ。単に恵まれた能力者への妬みかもしれないだ。どっちにしろ、マトモじゃないだよ」


「いーっ、ガッコーの中にそんなイカレ野郎がいるなんて、オレ怖くて眠れないんですけど!」


「……犯人の心当たりなら、ないこともないだよ」


 長い前髪で表情を隠した閃の一言に、一同飛び上がった。


「ええっ!? マジ!?」


「誰だ!?」


「考えてもみるだよ。大勢の目がある中、犯人は誰にも気づかれずに二人の喉を刺した。そんなことができる能力者に、竜秋くん、爽司くん、オラたちは一度会ってるだよ」


 そこで竜秋は息を呑み、爽司はきょとんと首を傾げた。



「――透明化能力、だよ」

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