惨劇の東京校-1

 物言わぬ扉から、異様な圧力が放たれているようだった。


 竜秋、爽司、閃の三人は、男子寮の一室――一年竹組、簑田みのたとおるの部屋の前までやってきていた。ただし道中講堂ホールに立ち寄って、とある人物を連れてきている。


「ここがその透明化能力者の部屋? よくこの短時間で推理したね。お手柄だよ、相宮あいみや


 そのとある人物、佐倉は上機嫌で閃の頭を撫でた。


「決め手は、その彼が校内大会当日に唯一欠席してたって竜秋くんから聞いたからだよ。いくらなんでも怪しすぎるだ」


「実際汚え手で飛遊ひゆうの足折りやがったようなやつだ。殺しの犯人だって言われても納得できる」


「佐倉先生! 相手は極悪殺人鬼っすよ!  いいですか、なにがあってもオレのことだけは絶対に守ってくださいね!? そのために先生連れてきたんですから!!」


「お前はなんでついてきたんだよ……」


 佐倉の背中にかじりついてビビリ上がっている爽司に、竜秋は心底呆れて言った。


「一人になるのはもっと怖いでしょうがぁ!? そよ風でどうやって身を守れって言うの!?」


「分かったから黙ってろ、中のやつに気取られるだろうが」


「……あの」


 背後から、憂いのある声が投げかけられた。振り返ると、灰緑アッシュグリーンの長髪の美少年が、彼にしては随分強く感情のこもった顔で佐倉を睨んでいた。


 一年竹組、千本棘せんぼんいばら。佐倉を呼びに講堂ホールを訪ねた際、話を盗み聞かれたらしく、このように勝手についてきてしまった。


とおるは、絶対に人殺しなんてしません。なにかの……間違いだと思います」


「もう聞き飽きたよ、それ」


 佐倉が多少うんざりしたように息を吐く。


「その大好きな透君とは、最後にいつ会ったの?」


「……昨日の夕方です。いつものように朝起こしに行ったけど、反応がなくて。部屋も鍵がかかってて。結局校内大会はそのまま欠席扱いに」


「じゃあやっぱり、アリバイはなしか」


「た……確かに、とおるは桜クラスに変な対抗心燃やしてて、以前にもご迷惑をおかけしました。正直性格もかなり悪いです。……でも、殺すなんて、それだけは」


「それも含めて、本人に聞いたら早いでしょ。開けるよ。ちなみに変な気起こしたら植物人間にするからね」


 棘を軽くひと睨みしてから、佐倉はドアノブに手をかけた。佐倉の場合、それは全く脅しではないと知っている竜秋たち三人の方が、棘本人より肝を冷やす。


「【解錠オープン】」


 一言唱えるだけで、部屋の扉は解錠された。小気味いい音を立てた扉を、佐倉はゆっくりと押し開ける。


 むせ返るほどの血の臭いが、鼻孔を突き刺した。


「っ!?」


 佐倉の反応が早かった。すぐさま背後の四人に待機命令を出し、一人で部屋の奥まで入っていった。竜秋たちは外から、開け放たれた扉の向こう、部屋の様子を覗き込んだ。


 絶句するほかに仕方がなかった。


 部屋のカーペットに海をつくるほどの、大量の血がぶち撒けられていて――その中心に、壮絶な形相で事切れているのが、部屋の主だった。


 四肢をバラバラに切断されて床に散乱するその姿は、マリオネットを高所から叩き落としたような有様で。さしもの佐倉も声すら出ない。


「あ…………ああああああぁ……あああああああああああああああああ!!!」


 形のいい目を悲壮なほど見開き、その場に崩れ落ちた棘の慟哭どうこくだけが、男子寮の廊下に響き続けた。

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