包囲網-2

 竜秋の背に刺さっていた三本の剣は、棘の撃破と同時に既に消えていた。しかし竜秋は目覚めない。倒れたまま、死んだように動かない。痛みは、消えたのではないのか。


 心はすぐさま駆け出して、竜秋を抱き上げていた。しかし、石化した体は微動だにしてくれない。戦場で、誰かに近づくことを――それが特別な存在であればあるほど――本能が恐れている。


「……は、ははっ、やっとくたばったかぁ!」


 遠巻きに行方を見守っていた片寄が、ここぞとばかりに茂みから飛び出し、うっとうしい長髪をかきあげる。


「バカだなアイツ、いばらに"素手"で触るなんて」


 竹組の誰かの独白が、聞き捨てならなかった。顔色を変えた沙珱に、「知らなかったのぉ?」と片寄が線のような目をさらに細める。


いばらの能力は強力だけどぉ、オフにできねぇのが致命的な欠陥なんだよなぁ。アイツの本来の能力は、『"触れた者"に激痛を与える力』――かわいそうだよねぇ、親にも触れてもらえないなんてさぁ。あのつるぎはその能力の遠距離攻撃バージョン、その分威力は、実際に触れるより劣るんだってぇ。まぁオレはあいつに触ったことないから分かんないけどぉ、ソイツはもう死んじゃったんじゃない!?」


 あのつるぎに貫かれるよりも、更に激しい苦痛――棘に触れてしまったことによって、それを、既に気力だけで持っていた竜秋が受けたとしたら。想像した途端、頭の血がさぁっと引いていく。


「片寄、お前戦えねぇんだから前出んなよ、邪魔!」


「そーよ、それにソイツ、まだアバター消えてないじゃない。気絶してるだけってことでしょ、さっさとトドメ刺さないと」


「俺、トドメもーらい」


 一人の少年がぴょーんと進み出て、両手を胸の前でこすり合わせると、甲高い金属音と共に火花が散った。一瞬のうちに、彼の両腕が二振りの刃へと変貌する。


「あれ、ところでさぁ、君はやんないの? 仲間殺しちゃうよ?」


 目を開けたまま眠っているような竜秋を踏みつけて、刃腕じんわんの少年がふと思い出したように沙珱を見る。


「思ったー、そいつずっと固まってるだけじゃん。男に守られてばっかでさぁ、あんた何しにこの学校来たの?」


「本当に昨日五人斬りしたっていう女か? 片寄、お前間違ったやつ召喚したんじゃねーのかよ」


 弛緩しきった空気の中で、竹組の笑い声が響く。沙珱はぐっと拳で土を握った。うるさい、うるさい、うるさいうるさいうるさい――《白鬼》、出ろ! 発動しろ! 戦えよ臆病者!!


 飽和した鬼の力が、全身を包み始める。



『……ごめ、んね…………沙珱……』



 半身を失った姉の泣き顔が、たかぶるたびに、闘争心を芯から萎えさせる。



「…………………………………ぅああ……!」



 悔しさに唇を噛んで泣く沙珱から、失望したように目線を反らして、少年は右腕の刃を振り上げた。



「――どーんっ!!」



 神速、横合いのやぶから吹き荒れた突風が、今にも竜秋の首を斬り落とすところだった少年を、盛大に蹴り飛ばした。


「ぐおっ!?」


 威力は軽いが、さながら特急列車の速度が乗っている。刃腕の少年はまりのように飛んで竹組の集団に突っ込み、仲間たちを蹴散らした。轟く悲鳴と怒号――沙珱は、泣き腫らした顔で級友を見上げた。


「間に合ったぁ……! 助けに来たぜ、ビャクヤ!」


 飛行眼鏡ゴーグルをおでこまで上げて、早川はやかわ飛遊ひゆうがニッコリ笑う。クリーム色の短髪は汗でびっしょり濡れて、息も絶え絶え。まさか――南端の拠点からココまで、走ってきたというのか。


 なにより驚愕したのは、彼がその小学生めいた矮躯わいくに、少女を一人背負っていたことである。


「沙珱ちゃん大丈夫!? 痛いことされんかった!? ……って、ギャーッ!! 竜秋くんがー!!!」


 日に焼けた関西弁少女の絶叫がのんきに響く。クラスメートの大俵おおたわら小町。いかに彼女がスレンダーとは言え、人一人背負って、これほどの悪路をものの数分で走破するなんて……まったく信じがたい脚力だ。


「いっ……てぇなぁ」


「なんだよ、お仲間登場か? 随分早かったな」


「ビビってんじゃないよ、たった二人でしょ」


「わざわざこの人数の中にやられにきてくれるなんて、ありがてー!」


 彼らの言うとおり、殺気立つ竹組の包囲に、ヒューと小町はのこのこと飛び込んできた格好。気絶した竜秋と動けない沙珱を守るようにして前に出た小町は、勝ち気に笑って天に向けて指を伸ばした。


「二人じゃ、ないもんねー」


「あ?」


 竹組も、沙珱も釣られて上を見上げるが、そこには早朝の空が広がっているだけ――いや。なんだ……なにか、砂粒程度の"なにか"が、いくつか空から降ってくる。


 パチン、と小町が指を鳴らした刹那。


 四つの砂粒が急激に膨れ上がり――まるで風船人形のように、あっというまに四人の少年少女の姿へ。


 左門幸永さもんゆきと天堂一査てんどういっさ。増井ひばり。相宮閃あいみやせん――沙珱の知るクラスメートたちが、グレーの制服と桜色のネクタイを風になびかせ、一斉に木の棍棒を振りかぶった格好で、上空を踊る。みんな、半分ヤケになったような顔で笑っていた。



「――全員で、助けに来ただよぉっ!!!」

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