包囲網-3

 泡を食った竹組の頭上を、四人の奇襲が岩なだれのように降り注いだ。棍棒の一振りが次々に生徒を打ち倒す。混乱に乗じて、着地と同時に幸永のふところから、黒猫のような生物が飛び出してぴょこっと長い耳を揺らした。


「デビ太、頼む!!」


「あっ、沙珱ちゃん、耳塞いで!」


 幸永の頭の上に飛び乗った小型の悪魔が、すうっと息を吸い込んだのを見て、慌てて小町が沙珱に叫んだ。とっさに両手で耳を塞ぐ。



『ギキィィィィィィィィィィィィィィ〜〜〜〜〜〜――ッ!!!』



 おぞましい悲鳴が乱立する。思い切り爪を立てて黒板を引っ掻いたような音が、大音響で可愛らしい悪魔の口から轟いたのだ。耳を塞いでいても鳥肌が立つほどの不快音。絶叫しながらドミノ倒しのように崩れる竹組の隙をついて、四人が沙珱たちの元へ走る。


「小町ちゃん、今だぁよ!」


「まかせて!」


 閃たちが離脱したタイミングを見計らって、小町は倒れ込む竹組の集団めがけて何かを放り投げていた。


 先ほど制服のポケットから取り出した、なんの変哲もない、こぶし大の石ころ――


「"解除"!」


 高い放物線を描いて、石ころが竹組の真上に到達したとき、小町が高らかに鳴らした。



 瞬間、石ころが、天を覆い尽くす巨岩きょがんに化けた。



「は……!?」


 声を失った沙珱の前で、巨大岩石が竹組の集団目がけて墜落。体が一瞬浮き上がるほどの衝撃が大地を揺らした。巻き上がる膨大な砂煙を背に、間一髪巻き込まれなかった幸永たちが駆けてくる。


「なっ、何をしたの!?」


 沙珱はたまらず小町に尋ねた。小町の異能バベルは《運び屋ポーター》。ものを小さくすることのできる能力だったはずだ。しかし今、彼女は明らかに、小さな石ころを岩石へと巨大化させていた。


「えへへ、ウチの能力なぁ、モノをちっちゃくできるだけで弱いなぁって思ってたんやけどなぁ。『小さくしたものを元の大きさに戻せる』のがウチの強みだって閃くんがなぁ。この作戦、全部閃くんが考えてくれたんよ」


 そうか――"元々"巨大な岩石を、小さくしてココまで持ち運んで。


「なかなかおっきい岩見つからんくて、駆けつけるん遅くなっちゃったよ。ごめんなぁ」


 ほんわかした小町の笑顔に、うっかり癒やされかけたその時――べキィ、と身のすくむような轟音が、背後で響いた。


 沙珱と小町とヒューが、戦慄して振り返る。十メートルほど向こうで、幸永たちも足を止めていた。


 小町の落とした、山のような巨岩が――背筋の凍る轟音を上げて、真下から突き上げるように亀裂を走らせていく。


 間もなく、真っ二つに割れた岩の中央から、一人の男の姿が砂塵を切り裂いて現れた。


「チョーシに乗りすぎてねぇかァ? ピンククラスの猿共が」


 そそり立つ赤髪。着崩した制服に包まれた、高密度の鉄鋼のような筋骨。上背自体はそれほど巨躯でもないのに、そのガラの悪い少年が随分大きく見えるのは、彼の体から火柱のごとく立ち上る紅蓮の光のせいか。


 岩の下敷きになったかに見えた竹組の生徒たちは、数名が足などを負傷して倒れているものの、一人として脱落していない。――あの少年が、たった一人で、あれだけの大岩を砕いてしまったせいだ。


「彼は……!」


「知ってるの、一査!?」


「知ってるも何も……馬城力彦ばじょうりきひこ、武術界の革命児だ。同学年のとある男のせいで常に地区予選敗退だったから、あまり知られていないが」


「……そのとある男って、もしかして」


「あぁ、君の想像してる人物で合っている」


 冷や汗を垂らす二人の間を突き抜けて、馬城の血走った眼光は一直線に、その"とある男"へ。


「――会いたかったぜたつみィ! お前をぶっ殺せる日をどれだけ待ち望んだか……いばらは死んだァ、なぁお前ら、もういいだろ! オレにやらせろ! なぁ、たつみ……いつもいつも、興味なさげに見下ろしてくれやがって……異能バベルさえ、異能バベルさえアリのルールならなァ、オレ様が最強なんだァッ!!」


 どうやら事前の段取りで、沙珱と竜秋を仕留める役目は、間合いの外から安全かつ速やかに無力化できるいばらという話になっていたらしい。長時間お預けを食らっていた猟犬のように獰猛どうもうに唸るや、馬城は全力で地を蹴った。


 凄惨な悲鳴を上げて、地面が、ヘコむ。


 馬城力彦の異能バベルは、《拳闘士グラディエーター》――自身の身体能力を数倍に跳ね上げるという単純明快な力。シンプルだからこそ、小細工のいらない圧倒的な武力となる。


 大地に伏す背後の竜秋めがけて、火矢のごとく一直線に飛ぶ馬城を――一査が、鋭い蹴りで跳ね返した。


「あぁ!?」


 ノーダメージで身を翻し着地した馬城に対し、一査は突進をもろに受け止めた右足の衝撃に顔をしかめつつ、背後に幸永たちや仲間を隠して、両拳を体の前で握る。


 思いのほか熟達した隙のない構えに、馬城は「ほー」と眉間のしわを伸ばす。


「なんだよメガネ、多少かじってた口か? ならオレの顔は知ってんだろ。相手にならねぇよ、どけザコ」


 凄む馬城に取り合わず、一査は背後の幸永たちに早口で言った。


「みんな、白夜氏とたっつん氏を頼む」


「ちょっ、一人で戦う気かい!? 無茶だよ!」


「今さら何を。ここが死地だと承知の上で、僕らが雁首がんくび揃えて飛び込んできた目的は、彼ら二人を失わないためだろう」


 一査が言う間にも、砕けた大岩の間から続々と竹組の兵が立ち上がり、戦意漲る目で幸永たちを取り囲む輪に加わる。棍棒で殴り倒した何人かも、既に回復してしまった様子だ。さすがにアレで倒せるほど、名門校の秀才クラスは落ちていない。


「もはや、この包囲を無傷で抜け出せるなどと思わないほうがいい。……三十秒。死んでも僕が馬城氏から時を稼ごう。その間に全力で二人を逃がすんだ」


 黒縁眼鏡の奥、いつになく剣呑な目つきで一査が言い切った。精悍な立ち姿に見えて、その手も足も、かすかに震えている。


「ははははははァッ!!! おもしれぇ、おいお前らァ、こいつら本気でやり合う気みてぇだぞォ!!」


 嘲笑し、馬城は一査に向かって無遠慮に距離を詰めていく。あまりにも舐め腐った態度。一足いっそくの間合いに入った瞬間、一査の右足が鋭く振り抜かれた。


 ゴキィ、と鈍い音を上げて――一査の蹴りは、馬城の頭部に到達する寸前で、がっちりと受け止められていた。


「ぐ……っ!」


 身を翻し、馬城の顔面に拳を叩き込む。上体をかちあげ、腹部に掌底しょうてい。一連の磨き抜かれた連打に、馬城は――無傷で、憫笑する。


「どうした、さっきから。異能バベルは使わねぇのか? それとも戦いには役に立たねぇ異能バベルだったかァ? そりゃ……」


 なおも果敢に踊りかかった一査を細めた目で眺めて、今度は馬城が、右足を振り上げる。


「可哀想に、なァッ!!!」


 赤い光芒を引いた三日月蹴りが、一査の鳩尾みぞおちを貫いた。


 血を吐いて体をくの字に折って、その場に崩れ落ちた一査が、目を血走らせて馬城の足首を掴む。


「ま……ま、だ……」


「邪魔」


 虫のように踏み潰すと、一査の頭は大地にめり込み、地割れめいた亀裂を走らせた。最後は声もなく、全身を光の欠片に変えて爆散する。


『竹クラスの馬城力彦が、桜クラスの天堂一査を撃破。竹クラスに一ポイントが入ります』


「けっ、しょっぺぇなァ」


 一歩踏み出し、手のひらに拳を打ちつけると、馬城の赤いオーラが油を注いだように膨れ上がった。


「お望み通り、やってやろうじゃねぇァ。遅れんじゃねえぞお前ら――戦争だァッ!!!」


 森を揺らすほどの馬城の檄に呼応して、総勢二十六人の能力者が一斉に異能を抜き身にした。

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