塔伐科高校、入学試験-4

「な……んだ、テメェ、いきなり……」


 危うく椅子から腰が上がりかかるほど、遅れて頭に血が上る。塔伐者に、なれない――? どうしてそんなことを、お前なんぞに言われなければならない。


「あなたの名前は聞いたことがありますよ。巽竜秋。全日本武術大会を小一から二十五連覇。無敵と目されたその戦闘能力――異能バベルなしの世界であれば、確かに比類なき強さでしょう」


「馬鹿が、俺を昔のままだと思ってんのか? そこの軍曹に聞いてみろ、異能バベルなんか使わなくたって、十分異能バベルじみたパワー出せんだ、俺は!!」


「あら、そうなんですか、軍曹教官?」


「ぶっ飛ばすぞお前ら」


 それまで沈黙を貫いていた鬼瓦が、鋭い目を細めて竜秋を一瞥した。


「素の力で二トン以上のパンチを出しやがった。この数値はグループFの二巡目、異能バベルありの平均を超えてる。加えて言えば、一度目と二度目の数値がビタいち違わず一緒――あの状況下で、繰り返し再生みたいに全く同じフォームで殴ったんだ、そいつは。恐らく何千何万と反復してきた動きなんだろうよ。単純な戦闘能力で言えば、在校生含めても既にトップクラスだと思うね」


「ほうほう、教官がそこまで褒めるなんて珍しいですね」


「素行面がそれを打ち消して余りあるがな」


「えぇー、ちょっと可愛くないですか? この感じ」


「趣味悪いぞお前」


 仲よさげな二人のやりとりに苛立ちながら、「聞いただろ」と剣呑な目つきで伊都を睨む。


異能バベルなしでも俺は使える。あのナメたペーパーも満点確実だ。どうして俺が受からねえなんて話になる」


「この学校に受かる受からないの話をしているんじゃありません。私は、"塔伐者になれない"と言ったんです」


 同じことだろうが。いきりたつ竜秋の出鼻をくじくように、少女は教師のような顔で指を一本立てた。


「一つ問題です。四十年前、【塔】の内部調査に初めて挑んだ特殊部隊は全滅しました。戦闘能力、生存能力、精神力、信頼関係……どれをとっても地球上で至高のチームだった彼らがあえなく全滅した【塔】に、多少訓練を受けた程度の私たち子どもが登って帰ってこられる理由はなんでしょう?」


「……?」


 不意に始まった問答に固まりつつも、試されているような物言いが気に入らず、竜秋は少し考え、端的に答えを出した。


「一つは情報。もう一つは単純に、旧世代ファースト第二世代セカンド性能スペックの問題。中でも決定的に、異能バベルがあるかないか……」


 そこまで淀みなく解答を披露していた竜秋の言葉尻が、すぼむ。なにかに気づいて目を見開いた竜秋に、「最後のそれが正解です」と少女は満足そうに笑った。


「確かに、塔伐者の先駆けとなった彼らにとって【塔】は全くの未知。情報がなかったことで困難を強いられたでしょう。しかし、特殊部隊には様々な死線を潜り抜けてきた経験があります。それだけで全滅なんてことはあり得ません。要は――効かないんですよ。"塔棲生物エネミー"には、異能バベルによる攻撃以外ほとんど効かないんです」


 柔らかくも鋭利な言葉に、竜秋の威勢は喉を斬られて殺された。


「……は……?」


「それこそが、塔伐者が銃火器で武装しない理由です。かつて【塔】の自壊によって解き放たれた塔棲生物エネミー、たった百頭程度を当時の人類が駆逐するまでに莫大な時間を要し、そのたび国が滅ぶほどの凄惨な災害となってしまった理由です。全く効かないというわけではありませんが――ゲームで形容するなら、異能バベル以外のダメージは塔棲生物エネミーの外殻によって、百分の一程度にまで軽減されてしまうといった感じです。ライフル弾でも傷一つつかない塔棲生物エネミーの外殻に、あなたが自慢のパンチを何発打ち込んだところで全くの無意味です」


 見開かれた目の中央で、竜秋の瞳が小刻みに揺れる。


「あなたは性格タイプ的に攻撃職アタッカー希望でしょう? それはまず無理とお伝えしておきます。補助職サポーターも基本的に援護や索敵等に有用な異能バベルの持ち主が務めますので、あなたにそれ以上の戦術的価値が発揮できるとは思いません。まぁ荷物持ちくらいでしたら、その腕力は重宝しそうですけどね」


 にっこりと毒を吐く伊都に、竜秋は苛立つことすらできない。ただじわじわと、鉛が体を蝕むように、強まっていく重力を感じる。


「あなたが、この学校に入ることはできるかもしれません。しかし塔伐者にはなれません。違うカリキュラムを選択して、塔伐者を助ける研究者や開発者になる道も良しとするなら別ですが――私から見て、あなたには早いうちに教えて差し上げるべきかと判断しました」


 沈痛に押し黙る竜秋に、「一つだけ、聞かせろ」と鬼瓦が口を開いた。


「お前、どうして塔伐者を目指している」


 志望動機――これが面接であったことを思い出せば、それは当然の問い。このタイミングでそれを聞いてくる性格の悪さに、乾いた笑いをこぼして竜秋は鬼瓦を見た。


「理由なんてねぇ。気づいたときからの目標だ」


「華やかな職業だ、子供心に憧れる気持ちは分かる。だが死と隣り合わせの危険な仕事だぞ。年間三%超の殉職率。安全な攻略のメソッドが構築されてきたとは言え、口が裂けても低いとは言えない数字だ」


「今さら覚悟の確認かよ。くだらねぇ……俺は、夢を見てここにいるわけじゃねぇ!」


 溢れる感情に任せて、竜秋は拳を握った。


「……塔伐者を夢だと思ったことは一度もねぇ。ずっと、当然俺は塔伐者になるんだろうと思ってた。それがある日、急に崩れた。全部ぶっ壊れた。……そうなったとき、このまま塔伐者を諦めるのだけは、そんな自分だけはクソだせぇと思った」


 あぁ、認めよう。不覚にも浮かんできた涙を滲ませて、竜秋は立ち上がった。


「今俺がここにいるのは、ただの"意地"だッ!! 崇高な動機、お涙頂戴のエピソードなんざねぇ! 塔伐者におめでたい夢を見てるわけでもねぇ! 俺はただ……――だけだ!!」


 鬼瓦の目が、僅かに見張られた。伊都は薄く口角を上げた。


「誰にも文句なんか言わせねぇ! 俺の人生だ! 向いてねぇとか、無理だとか、危険だとか俺のためにだとか……ごちゃごちゃうるせぇんだよ!! 俺が!! なるって決めたんだ!!」


「ご自分が何を仰っているか、分かっていますか? あなたは空を飛びたいと言っているんですよ。その背に翼がないにもかかわらず」


「空を飛ぶんならたこでも気球でも、飛行機でもいい」


 目を見張った伊都に、竜秋はたった数秒前の思いつきを、まるで長年温め続けた計画を語るように、強い口調で宣言した。


「この学校に入学して、俺が"塔棲生物に有効な武器を開発する"」


 面接官二人が、明確に顔つきを変えた。


 伊都に、塔棲生物エネミーには異能バベルしか効かないという事実を告げられた時点で、竜秋の頭は必死に回転していた。これまでずっと、一度だって変わらない、竜秋の持つ七転八起しちてんはっきの思考回路。


 ――


塔棲生物エネミーの生態も、異能バベルの構造学も、先行研究が山ほどあるはずだ。家庭のPCじゃ探せなかったが、この学園なら閲覧できないってことはないだろ。授業も確か、ここは必修科目以外自由に選択できたよな。いっぱい勉強して、塔棲生物エネミーの外殻に、異能バベルの何が特殊な干渉をしているのか突き止める。そして、その性質を組み込んだ武器を造る。理屈はそれだけだ、俺に、造れないはずがない。――そうすりゃ、俺は、


 鬼瓦と伊都は、息を呑んで長広舌に聞き入ったまま、答えない。入学後、竜秋がただ自由に課題設定した研究に打ち込むというだけの話を、二人に否定できるはずがない。


 竜秋は浮いた腰を椅子におろして、語勢を穏やかにして言った。


「これで、俺を家へ突き返す理由がなくなったな。面接を続けようぜ」


「……ふふ、えぇ、そうですね」


 伊都は少し遅れて笑った。目配せした鬼瓦も、神妙な顔で頷いた。


 面接を終えると、竜秋は事務室で「今日知り得た当校の情報を口外しない」という念書に同意のサインをして、家に帰った。



 塔伐科高校から自宅に封書が届いたのは、二週間後。梅の花が咲き誇る三月の朝。


 開封し、『合格』と記された箇所を二度確認した竜秋は、無表情のまま小さく拳を握った。

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