#4 不意打ち
私はついに再び戦場に立った。
かって新兵のようにひ弱でおっかなびっくり歩いていた私はもういない。
もはや野営地でウイスキーをあおる刺青だらけの古参兵のような心持ちで私はチェックインを終えた。
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誘導路を進む機体の主翼が例によってビヨンビヨンと揺れている。
だがもう「プラプラすんなっ」と罵倒したりはしない。
私は知った。
飛行機というものはざっくりと言えばエンジンのついた金属の風船なのだと。
旅客機の外板の厚さは百円玉程度の厚さしかない。
それを内側から格子状に補強するセミモノコックという構造により、様々な方向の加重に耐えられるようになっている。
巨大な風圧に耐え、気圧が地上の四分の一程度になる高度一万メートルで機内の気圧を保つのに必要なのはラオウの剛の拳ではなく、トキの柔の拳なのだ。
そう思うと、あのビヨンビヨンも頼もしく感じられるから不思議なものだ。
そんな事を考えているうちに機体は既に滑走路の端まで来ていた。
エンジン音が一段高くなり機体は猛然と加速を始める。
やがてV1(離陸決心速度)、VRに達すると機首を上げ、視界から地上がみるみる遠ざかっていく。
さあ、そろそろ来るか。
思った通り、機体が大きく右に傾く。
最初とその次のフライトの時に死ぬほど怯えてアレがキュッとなったこの旋回。
だが私はもう恐れはしない。
これは最初から決まっているお約束のようなものだと知ったからだ。
航空機が正確に航空路を飛ぶ手段として、超短波全方向式無線標識(VOR)というものがある。VORは標識局から放射状に信号を発して、航空機が磁方位に対してどの位置にいるかを示してくれるものだ。VORはいわば空の道標であり、あるVORから次のVORへと向かう……ということを繋いでいけば、目的地まで自ずと正しい航路を取ることができるのだ。
VORは日本国内のみならず世界中に設置されているが、羽田空港の直近のVORは千葉県の木更津市に設置してある木更津VORである。
地図をみてもらえばわかると思うが、羽田空港から木更津までは航空機から見れば目と鼻の先といえる距離だ。
そう、羽田を離陸した航空機が直ぐに旋回を始めるのは、木更津VORへ向かうためだったのだ。
(※作中時点。木更津VORは現在は廃止され後継の木更津TACAN局に機能が引き継がれている)
このことを理解した私にとって、離陸直後の旋回は恐れる対象ではなくなった。
全ては「彼を知り己を知る」ことに帰着するのだ。
機体はさらに上昇を続けて行く。
あと十分もすれば水平飛行に移るだろう。
そうなれば後は二時間程の旅を静かに過ごすだけだ。
……。
そういえば、本当に今日は静かに感じるのは気のせいだろうか。
私が何か違和感を覚えたその時だった。
突然、機内アナウンスが流れる。
「ご搭乗の皆様、機長の○○です。本日は■■■航空463便をご利用いただき誠にありがとうございます。当機は現在、第2エンジンに高温を示す計器表示があったため、当該エンジンを停止しております。このため、当機は羽田空港へ引き返すことを決定いたしました。なお、第1エンジンは正常に稼働しており、飛行および着陸には問題はございません。お客様には大変ご迷惑をおかけしますが、席に戻りシートベルトを着用ください」
第2エンジンとは飛行機の右側のエンジンのはず……って、私の横にあるエンジンではないか!?
どうりで今日は静かなはずだ。
いや、納得してる場合ではない。
生涯三回目の飛行でまさか緊急着陸を体験することになるなんて。
私は激しく後悔した。
ああ、やっぱり飛行機なんて乗るんじゃなかった。
私が身につけた薄い知識など、現実の事象の前では気休めにもならない。
その後も機長は安全を強調するようなアナウンスを行っていたような気はするが、私の頭の中では「緊急着陸」というパワーワードがグルグルと巡り思考停止状態に陥っていた。
そして、機体は大きく旋回を始めた。
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