#3 孫子曰わく
こうして飛行機の初体験を終えた私だったが、次の機会は思ったよりも早く訪れた。
当時付き合っていた彼女の希望で、北海道に旅行に行くことになったのだ。
フザケンなテメー、あれほど飛行機が嫌いだとか言ってやがったクセにお姉ちゃんが絡めば全部モーマンタイかよクソがっ--そう思う向きもあろう。
もちろん、モーマンタイではない。
私にだって葛藤はあった。
ただ、まだ年若い私のリビドーは天国にたどり着くために敢えて前後にある地獄の旅路に再び踏み出すことを選択したのだっだ。
旅行の顛末については本筋から離れるので詳細は省くが、飛行機に関してだけいえばやはり地獄だった。
相変わらず主翼はビヨンビヨンして私をイラつかせ、離陸後の急旋回はアレをキュッとさせた。
さらに旅行後、今度こそもうしばらくは乗ることはあるまいと思っていたら、三ヶ月後の会社の視察旅行に若手代表として参加することが決まった。場所は沖縄である。
「視察旅行」などというものは、得てしてお偉いさんの仕事半分、遊び半分のセレモニーみたいなものである。そこに同行するのだから本来は「会社の金で沖縄に遊びに行けてラッキー!」ということになるだろうが、あいにく私にとっては迷惑この上ない指令だった。
過去二回の飛行は一時間半程のものだったが、調べたところ沖縄へのフライト時間は約二時間半、いきなり最長不倒を記録してしまう。もし現地に無事着陸したあかつきにはテレマークを決めるレベルではないか。
それにしてもいったいどんな神の嫌がらせなのだろうか。
私が何をしたというのだ。
神の冷蔵庫のプリンを黙って食べてはいないし、ポテチを食べた手で神の家のゲームコントローラーをベタベタ触ったわけでもない。
飛行機に乗りたくない、ただそれだけを願って生きているだけなのに……。
私はひたすら考えた。
どうすればこの難局を乗りきれるだろうか。
考えに考えた末、私はある行動に走った。
※※※
孫子の兵法に「彼を知り己を知れば百戦殆(あやう)からず」というものがある。
敵の情報と自分の力量を正しく把握していれば、百回戦っても負けることはない、という教えだ。
私は気がついた。
そうだ、よく考えてみたら私は飛行機についてほとんど何も知らない。
私が飛行機を恐れるのは、飛行機のことを知らないからなのではないか。
もし素性が全くわからない相手に、自分の身体、命を預けなければならないとしたら誰もが不安になるだろう。
しかし相手の素性、手口がわかれば対処のしようは必ずある。
そう考えた私は、飛行機に関する書籍を買い漁った。
飛行機マメ知識みたいなものから航空事故に関わるノンフィクション、さらにはエアラインの専門誌まで、とにかく飛行機に関わるものは目についたものはなんでも手に取った。
家のそれほど広くはない書棚には飛行機に関わる書籍がすぐに30冊近くが並んだ。
知らない人が見たら私を航空ファンだと思うだろう。
だが違う。私は飛行機が嫌いなのだ。
こうして私は独学ではあるが徐々に飛行機に関する知識を蓄積させていった。
そして、いよいよ視察旅行の日がやってきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます