第4話 尾道・卵天ぷら


卵天ぷらというから、天ぷら粉をつけて揚げた卵なのかと思っていたら、練り物の中に煮卵を入れて、それを揚げた料理じゃった。



これがまた、めっちゃうまいんじゃ。練り物の揚がったパリッとした感触が、練り物の弾力と相まっているし、中の煮卵は半熟。とろっと醤油味の煮卵が、練り物のあっさりした味わいに、アクセントを加えとる。



卵は一個しか入っとらんけー、けっこう高い買い物じゃったけど、フィリマは嬉しそうに頬張っとった。

「食べてばかりだと、太りますよね」

食べながらも、フィリマは、思い出したように苦渋の表情を浮かべる。

「おれはもう、あきらめた」



中年のおっさんとデブは、必須事項じゃけーね。やせた中年のおっさんには、殺意を抱くぜ。怪盗モートなんてしばきたおしたる(たたきのめしてやる)。



「モニュメントの精が太ったら、同じ精霊仲間から笑われます」

 とかなんとか言いつつも、卵天ぷらを上品に食べてるフィリマ。

「精霊仲間って、どんなのがおるん?」



 水を向けてみると、フィリマは、

「まあ、そりゃもういろいろですわ。努力次第で、女神になれるから、みんな必死でいいことをしようとがんばるの」



 どっかで聞いた設定じゃねえ。

「女神になれたら、柔らかい枕で思う存分、ねむれるの~。わたしはこの任務を終えたら、爆睡しまくるわ~」

「へー。でもそれって、アリガチな設定じゃね」



「そうですか?」

「珍しい話じゃない。おれを誰だと思っとる。ラノベにカネをつぎ込んで20年以上じゃい」



「そうなんですか。本を読むのはいいことですね」

 おれ、泣きそう。こんな美人に小バカにされてもうた。このまま実家に帰りたい。



「本といえば、この店の古い店主と志賀直哉とは、交流があったんですよ」

 フィリマは、食べ終わった口をハンカチで拭きながら言った。

「しがなおや?」

「『暗夜行路』や、『城之崎にて』、『小僧の神様』を書いた人。少しは文学を勉強してください」



「……ジュンブンガクなんて、つまんねーよ……」

 フィリマは、スルーした。



「もうじきお昼ですネ。何を食べますか?」

「尾道ラーメン、食おうぜ。尾道に来たら、ご当地ラーメン。アリじゃろう?」

 ということで、その足で駅前に戻ることにした。

「いいお天気ですね」



 フィリマは、涼しい顔だが、おれはもう、汗で目が痛い。着ていたTシャツは、汗でぐちょぬれになっている。贅肉ばかりの胸板が、シャツ越しに見えてしまうので、なんとなく恥ずかしい。着替えたい。が、もう少し着ていたい気もする。家に帰ってシャツを洗ったら、フィリマの存在が汗もろとも消えてしまうようにも思われた。



「商店街のなかへ入って、ちょっと涼みましょうか」

 フィリマは、山の方へと歩いて行く。5分ほど行くと、もう商店街じゃった。瀬戸物屋、ファッションブティック(おばさん臭い服が並んでいる)があった。

 中でも強烈なのは、日本刀などを売っているお店である。ちゃんと古武士の鎧甲がここからも見える。外国人や、歴史オタクなら、一発でトリコになるだろう。



 広場があって、そこで年寄りたちが、なにやら雑談に花を咲かせている。

「最近雨が降りつづいて……。温暖化かねえ」

「雨の神さまの怒りに触れたんじゃろう」

 どこに行っても、天気の話はよくあるのだろう。

「うちの腰が痛くてのお。やっぱ老化かねえ」

 老婦人が、友人らしき老女に訴えている。

「ストレスとか、老化とかって言う人もいるけど、うちの整体の先生は、百パーセント物理的なもんが原因じゃ、言うとったよ?」



 なんとなく、いいかげんな知識を交し合っているようだが、話に入るのはためらわれた。いままで黙って話を聞いていたことがバレたら、盗み聞きしていたことになる。あんなに大きな声でしゃべってたら、イヤでも耳に入るのだが、そんなことが通用するとも思えなかった。



 その広場の入口には、自販機があった。喉がかわいてきたので、ジュースを買ったのはいいが、ゴミ箱が見当たらない。

 しかたがないので、空き缶を持ち歩くことになった。

「しばらく、このあたりを歩きましょうか」

 フィリマは、先導して歩き始めた。

 天井から、有名動物カメラマンの美術館展示会のお知らせ垂れ幕がかかっている。魚屋がある。見ると、どれも鮮度が素晴らしい。見たことのない姿をした魚もあった。



「ここから千住寺の方へ向かうと、猫がいるんですよ」

「へー」

「千住寺のとなりにある美術館では、管理人と猫の攻防戦がありましてね」

「攻防戦?」

「有名な話だから、ご存じかもしれません。美術館に入り込もうとする猫と、それを防ごうとする警備員が、毎日攻防を繰り返す動画があるんです」

「ふーん。じゃあ、それ、だれが動画を撮ってるんだ?」

 フィリマは、困ったようになった。


「いいじゃありませんか、細かいことはどうでも」

 ニッコリ。胸の奥が痛くなるような笑みだった。

 気がつくと、大きな灰色の扉があった。銭湯と書いてある。

「あ、風呂がある」

 おれは、その灰色の扉の前に駆け寄った。店の扉、というより城塞の扉を連想させる、頑丈そうな木製の扉である。フィリマがあとを追いかける。

「やめといたほうがいいですよ? クイズを解いて、賞品をゲットするんでしょ?」

「いや。入る」



「タオルはどうするんですか。着替えも持ってませんよ?」

「あんたが、魔法で出してくれるんじゃろう?」

「わたしの魔法は、そんなご都合主義じゃありません!」

 力いっぱい否定する姿が愛らしい。



「あきらめるなんて、イヤじゃ。だいいち、汗まみれなんじゃけーの」

 フィリマは、おれのわがままぶりにあきれたのか、だまってしまった。

 銭湯のー。

 懐かしいのお。



 この尾道は、ほんとうに昭和じゃね。

 どこもシャッターがおりとらんところを見ると、そういう古さがウリなのかもしれん。

 銭湯といえば、番台のばあさんに、フルーツ牛乳、木製のロッカー。カギが木製の札を差し込むタイプになってるんだよな。

 風呂上がりに、扇風機の前へ立って、あーーーーって叫ぶの、やってみたいのー。

 扉を開けた。

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