第3話 尾道・商店街
「ここは、尾道です。大林宣彦監督の映画「時をかける少女」の舞台にもなりました」
フィリマが、紹介してくれた。
尾道。たしかに、ここは宮島と違って、敷地も広いし人の顔も親しげじゃ。
宮島のように、鹿もおらんし、お土産店も乱立しとらん。しかし宮島から尾道まで、約120Kmはあるんじゃ。車で2時間以上はかかる。また一瞬で来たのか。
よく見ると、商店街に通じる店たちも、宮島と違ってぜんぜん、垢抜けていない。
「また魔法をつかったのかい」
二度目ともなると、慣れてしまうのだろうか。おれは笑うしかなかった。
なにもない。
鹿も、もみじまんじゅうも、ぜーんぶ、なくなった。
一瞬のうちに、宮島の景色が消えて、、まったく違う世界が広がっている。
身体を叩いてたしかめた。
おれは、無事だ。
それにしても、瞬間移動とはのー。最新科学は、あなどれんのー。
どうしてフィリマが、最新科学を使えるのかは、考えんことにした。
おれは、尾道に来るのは初めてじゃ。映画『時をかける少女』の舞台になったと言うが、どこがどう活かされているのかは知らん。フィリマは、商店街から出て、そのまま海辺の方へとずんずん進んで行きよる。
「フィリマ! フィリマさん、ちょっと待ちんさい」
おれは、息を切らして後を追った。
「いくらイベントだからって、ちぃとやりすぎと違うか? つぎつぎと、場所が変わっとるのは嬉しいが、イベントの趣旨の、旅行気分には、あんま浸れん」
おれは、疲れた人がよくやるように、眉間を指先でもんだ。すでに午前10時になっている。
「こちらへどうぞ。つぎのクイズ乙の尾道です。ここは海辺の美術館。15分歩くと、クイズの問題になります」
フィリマのあとをついていくと、護岸整理された岸辺についた。白と黒の格子模様の土手壁の向こうで、フェリーなどの船の影がさした。潮の匂いがする。太陽の光が照りつけ、緑色の海の波が、ちりめんじわのようにチリチリ、しぶいている。
「平和じゃのお」
オヤジが見たら、泣いて喜ぶだろう。オヤジは、原爆に遭うた人と話しとるうちに、
「どんなにイヤな目に遭うても、平和が一番じゃと思うようになった」
と口癖のように言うとった。
海辺の美術館に足を運ぶ。護岸整理された壁にパネルされた絵を、じっくり拝見。ざっと見て10個ほど、陳列されていた。潮の匂いが鼻をくすぐる。
パネルで美術館と表示しているが、この絵は全部レプリカだ。どれもなにかの賞を獲ったらしいが、おれにはどこがいいのかサッパリわからん。
玉を弾くようなアジサイとお坊さんの絵や、荘厳なお寺の絵、いかにも地獄から出てきたような鬼の絵などが描かれている。
どの絵も水彩画のように見える。おれには、ゲージュツのことはわからんし、絵心もまったくない。入賞したとか言われりゃ、感心するし、ホンモノを見たいとも思う。まあ、今日中にはムリじゃろうけどの。
「こんちは」
聞き慣れないしわがれ声に振り返ると、品のいいおばあちゃんがこちらを見て観音様みたいに笑っている。着ている服も上品だし、パラソルも絹製だ。お金持っぽい。
「こんにちは」
おれは、おずおずと答えた。老婦人は、親しげに微笑んだ。
「なにしよるんですか?」
「あ、おれたちは、広島県のスマホゲームをしよるんよ」
おれは、ゲームのコマーシャル・ソングをハミングしてみせた。
老婦人が、こっちにおれたちの側に寄って、護岸から瀬戸内をみやる。小さなフェリーが、対岸の山そばからしずしずと近づいてきている。海辺の美術館まえの路を行くおじさん、おばさんたちが、犬の散歩をさせたりしている。カラスやハトの姿は見当たらない。
「ゲームねえ、そりゃあええことじゃねえ」
老婦人は、言葉をこぼした。
スマホゲーム
このスマホゲーム《広島をめぐろう》』は、テレビやネットなどで宣伝しているし、有名なんじゃろうね。地元の活性化になるって、みんな喜んでる。
「尾道の方なん?」聞きながら思った。ああ、この人、上品そうなのに顔が日焼けしとる。しょっちゅう、外を出歩いているんじゃね。
「そうですよ。あ、ここに来られたんじゃったら、いま開催中の有名動物カメラマンによるこねこ写真展は見に行きました? 可愛いこねこが、いっぱい展示されとるよ?」
「いやー、尾道に来たら、やっぱリアルねこに会いたいですねえ。あと、有名な尾道パンも食いてー。尾道ラーメンも食いてー」
旅行に行ったら、うまいもんを食う! これ、鉄板じゃろ?
老婦人はそれを聞くと、可笑しそうにクスクス笑った。
「この暑いのに、ラーメンを食べるんですか? もの好きですねえ」
初対面の人に、言われる筋合いじゃねーぞ。
「尾道ラーメンは、醤油が決め手じゃね!」
おれは言い切った。
「暑いなんて、禁句なんじゃけー」
おれが言うと、婦人は大きくうなずいてくれた。
フィリマが、腕をツンツンする。
「なんね? 人が話しとるのに」
振り返ると、スマホを差し出した。
そうそう、忘れちゃいけん。
尾道クイズ(乙)。「尾道のベッチャー祭とはなにか?」
ベッチャーってなんじゃ。なんや、お笑い芸人とか悪役レスラーぽい名前じゃね。
ここは地元の人に聞くべきじゃろう。おれは先ほどの老婦人を振り返った。
「あの、ちょっと聞いてええじゃろか?」
「なんでしょう?」老婦人の笑みが、ふわっと広がった。白檀のかおりが、ふわふわとたちのぼった。
「尾道のベッチャー祭って、なに?」
ちょっとすました顔だった老婦人の顔が、みるみるうちに輝いた。シワだらけだったのが、それを感じさせない若さに溢れている。
パラソルが日ざしを反射して金色に輝いている。
「毎年11月に尾道にて行われる奇祭なの。 氏子が3鬼神「ソバ」「ベタ」「ショーキー」に扮し、子どもたちを追いかけ回すんよ。 手にした「祝い棒」で叩かれると、1年間無病息災で過ごせると言われ、辺りは子どもたちの賑やかな声に包まれるんよねえ」
と言って、ニコニコ笑っている。
なんや、おもろそうな祭りじゃー。
「今度11月にまたやるけん、一度見に来んさい」
「あいよ!」
おれはボンと胸を叩き、ゲホゲホむせた。
「尾道は、ねこがいっぱい、パン屋もいっぱい。商店街には、卵天ぷらもあるんよ。
いっぱい見て食べてって!」
それだけ言うと、老婦人は立ち去って行った。
「卵天ぷら、食べてみたいのー」
おれが言うと、フィリマは、おれをなにか含むところのある目で見た。
「夏樹さん。おなかが減ったときに効くおまじないがあるんです」
「また、魔法か?」
「いえ。これは昔からあるおなじないなんですよ。心の中で、『気合いだ~』って唱えるんです」
「……」
「腹が減っては戦はできぬって言うじゃろが」
おれが言い訳すると、フィリマは、
「平和主義者の息子とも思えない言葉ですこと」
と憎まれ口を利きながら、魔法ステッキをふるって、その店に連れていってくれたのだった。
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