第2話 最初は宮島
いや。
いやいやいや。
違います。目の錯覚でしょう。
それはない。
おれは、目を何度もこすった。
しかし、その漢字四文字は、しっかりと目の前に広がっている。
『歓迎 宮島』
まわりには、観光客らしい集団もいる(みんな、こっちには気づいていない)。
おれたちは、桟橋の出口に立っとる。フェリーも市内電車もJRも使わず、一瞬でここに飛んで来た……?
桟橋の薄暗い部屋を見まわすと、ベンチがならんでいる。トイレもあるし、フェリー乗り場もある。観光客が、こっちに気づいて、チラチラと見ている。目をとろんとさせた鹿が、四五頭つづいて出てくる。別の観光客が、手持ちの資料が鹿に食べられまいとがんばっている。正面に出ればふるい建物とその前に小さな広場があって、広場には平清盛像が飾られている。
宮島だ。広島側ではない方のフェリー乗り場だ。間違いない。
んにゃ。違う。これは夢だ。
頬をつねる。
痛い。
頬を平手でなぐる。
痛すぎる。
「さっきわたしは、魔法を使うと言いましたよね。だから、ここは宮島です」
フィリマは、むんっと胸を張った。広島駅前から宮島まで約18Km。
車で来たら1時間以上かかる。それを一瞬で来たというのか。
おれはまた少し頭痛がしてきた。暑気あたりだ。休みたい。
「だいじょうぶですか?」
心配そうに、のぞきこんできた。
「いや、だいじょうぶ。もう何ともない」
伏し目がちになってしまった。魔法なんか、あるわけない。なにかのトリックだ。だけど、目を合わせるのがこわい。
「あなたは、仕事上、体力はある方なんですよね? わたしたち、あなたのことを、毎日のように気にしていました。こんどゲームをしてくださるってことで、モニュメントの精一同、どんなによろこんだことでしょう。考えると、ふしぎなご縁ですわね」
フィリマは、おれのことをなんでもすっかり知っている、みたいな口ぶりじゃった。
「妙じゃね。おれはたまたま、ゲームをしとるだけじゃけど? あんたとは初対面のはずじゃ。そのうえ、魔法なんてわけのわからんイリュージョンされとる。困ったもんじゃの」
やっぱり頭がハキハキしないな。この暑さ、なんとかならんのか。
ツンツン、脇をつつくヤツがいたので跳び退くと、鹿がどんよりとした目で、おれをつついているのであった。エサが欲しいのだろうが、やりたくてもエサがない。
「ほかの方と賞品を争うなんて、妙なものですね」
すでに商店街の方へ向かっているフィリマは、歩きながら微笑む。とにかく少々、時代がかかった言い回しだ。
「きみはどうして、おれといっしょにゲームしようって思ったんじゃ?」
スマホ時計を見ると、8時20分。ちょっとまえには、広島市内東区にいたのに、いまは廿日市市。
空はどこまでも青い。
「ていうか、どうやってここに来たんじゃ? なにかのトリックじゃろう」
先に立って歩いていた天女は、おれの側に寄って無垢な笑みを浮かべた。
「人をだまして、わたしになんのトクがあるんですか?」
商店街への道が見えてくる。人力車のおにーさんが、タオルで汗を拭いている。
「さあ、宮島を探索しますよ。クイズに答えて、小旅行です!」
張りきっているフィリマ……。
いっしょに行動して、だいじょうぶなんかいね?
わけのわからん奇術を使うヤツ。おれは、どんな痛い目に遭っちまうか……。
「夏樹さ~ん。こっちですよー」
商店街入口の土産物店前で手を振るその腕が、今にも折れそうなほど白い。
首を出してみると、商店街内へ突進していくフィリマの姿が、影のようにゆらいだ。
魔法? なーに、なんかトリックがあるんよ。
なんや知らんけど。
よおし、フィリマと行動して、正体をつきとめてやる。
宮島といえば、平安時代からある厳島神社。手水のある入口で拝観料を払って、入って行く。
ここには、三人の神さまがおられるんじゃ。名前は長いし、ややこしい。ながーい朱色の廊下があっての、廊下の真ん中は神さまが通るけー、両端を通りんさいと言われとる。
そがーなこと(そんなこと)言われても、人混みがあったら、どーしても真ん中を通ってしまうもんじゃ。ま、神さまには、許してつかーさいとお賽銭を多めに出すんじゃね。
ほんじゃ、せっかく厳島神社に来たんじゃし、スマホにクイズを表示させてみようかの。
宮島クイズ(甲)。『この入口は、もともと、何だったでしょうか? 漢字二文字で答えよ』
おれは、助けを求めてフィリマを見やった。
「厳島神社のこの入口は、江戸時代以前には出口だったんです」
フィリマが、いかにも案内係というふうに、説明をはじめる。
「出口? じゃったら、入口はどこじゃ?」
おれは、思わず聞き返した。渡り通廊を能舞台へと歩んでいく。能舞台には、狛犬が雌雄一体ずつある。どちらかがオスであるというが、どっちなのかは言わぬが花。
「この宮島は、もともとまわりが海だったのを埋め立てたんです。人も住んでいませんでした。だから、厳島神社の入口も、広島側からやってきた神官が海から入りやすいところにありました。そこがこの神社の出口です」
「あ、ほ~ね~」
「アホじゃありません!」
「いや、『そうなんですね』って言う方言じゃー」
「あ、ほ~ね~」
「……」
フィリマの教える方を見ると、角隠しをした花嫁さんと、緊張した顔の花婿さんが、通廊をこっちに歩いている。道にそって直角におれるかと思うと、すでに神事ははじまっている。暗いまわり通廊をわたって、奥へ行くと、御朱印やお守りなどを売っている小さなコーナーがある。外国人の姿も見えた。若い子が、大吉を引き当ててよろこんでいる。
冗談でおみくじを引いたら――大凶じゃった。
「これは、仕方ありませんね。めったに出ないから、かえって吉兆かもしれません。気になるようなら、ここの神主さんにお祓いしてもらいましょうか」
フィリマは、微笑む。
「ま、いいさ。はははは」
「わたしは心配していません。わたしと出会ったこと自体が、すでに大吉ですもの」
「すげー自信じゃね。あんたと話しとると、とても初対面とは思えんよ」
「そうおっしゃってくださる方だから、わたしもあなたをお世話しようと思ったんです」
そんなものかいね。
神社を通り抜けて外へ出る。引き返して商店街のほうへ歩いて行った。おれは人があまり多いのは苦手じゃけ、できるだけ早足で歩いた。あとからフィリマが、シギやチドリみたいな足取りでくっついてくる。
「宮島と言えばもみじまんじゅうですが、揚げもみじもおいしいですね」
店の一つに飛び込むと、フィリマは揚げたてのチーズ入りもみじまんじゅうを串にさしたものをおれに差し出した。
串にさした揚げもみじは、外側がしっとりしているのに表面の皮はカリッとしている。それにチーズのとろけた味わいが、口の中でハーモニーを奏でるのであった。
「では、
フィリマは、魔法ステッキを取り出した。
次の瞬間、おれはものすごい階段の前に立っていた。
「この奥が大聖院です。途中にあるこの糸車みたいなのは、マニ車といって、これを回すと願いがかなうと言われています」
階段を上りながら、マニ車を回す。だんだん、息が切れてきた。願いごとは、もちろんこのゲームの一番乗りを決めることだ。
登り切ったところで、フィリマが待っていた。
「ご覧ください」
示す方を見ると、なぜかアンパンマンの小さな像が建っているのだった。
「ここ、お寺の入口じゃろ? なんでこんなもんが?!」
「この程度で驚いてはいけません。さあ、寺の中へ」
導かれるままに、寺の庭へ入っていく。実に歴史を感じさせる、威風堂々たるお寺だ。身が縮み、緊張が走る。失礼があったら、神罰がくだるというピリピリした感覚があった。
かすかに、読経の声がする。
「こちらへ」
フィリマは、おれをいざなった。緊張したまま、あとをついていく。
高さ四十センチぐらいの小さな像が集まっていた。昔の「懐かしのTV番組」というバラエティで見たような像だ。たしか、バルタン星人とかって言ったのでは?
ウルトラの父にウルトラの母もいる。ウルトラマン関連の像が、大集合しているのである。
「昔、ここにウルトラ怪獣たちがやってきたのです」
真顔で、フィリマは言った。
おれは、あっけにとられていた。
冗談だろうと思った。フィリマの魔法と同じで、ただのお話だと思いたかった。だが、ほんとうに像がある。お寺とウルトラ怪獣が関係するとは思わなかった。宮島は、なんでもアリだな。
「昔、宮島は神聖な場所で、神官以外は立ち入り禁止でした。それが、神官の寝泊まりする場所が出来るようになり、神官の世話をする人の宿泊地が出来、一般人も住むようになり、参拝客を目当てにしたお店も出来るようになりました。
ちなみに、この宮島には、むかしは仏教の像もあったのですが、明治時代の神仏分離政策により、ここの仏さまは追い出されてしまいました。いまは、大願寺が、わずかに弁天さまを合祀しているぐらいです」
フィリマは、淡々と語る。
「待ってくれ。それとウルトラ怪獣と、どう関係があるんだ」
おれは、問いかけた。
ほんとうにウルトラ怪獣が来ていたのなら、ニュースにならないはずはない。それに、ウルトラマンが怪獣を倒したのなら、宮島の被害だってたいへんなもののはずだ。
しかし、フィリマはなぞの笑みを浮かべている。
「世の中には、表面に出ていないことって、いっぱいあるんですよ?」
それはそうかもしれないが、おれは納得できん。五歳児じゃないけーね。言われたことをそのまんま、受け取るようには出来とらん。
「ウルトラ怪獣は、なぜいなくなったんだ。神罰でも下ったのか?」
半分以上、皮肉を込めてそう問いかける。
「神秘というものは、解き明かしたら興ざめですよ?」
フィリマは、言った。
次の瞬間、おれたちは、海辺の街に来ておった。
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