スマホゲーム≪広島を巡ろう≫

田島絵里子

第1話 フィリマの話はCMから始まる

         一

 

 フィリマの話は、ラジオCMから始まるんじゃけど、この話の内容を信じてもらえるかどうかおれは不安じゃ。きっかけになったそのCMは、こう言ったんじゃ。


「では、次の曲へ行く前に、広島県からのお報せです。旅行気分に浸れるスマホゲーム『広島をめぐろう』に出てくるクイズをすべて回答した人には、ビットコイン一万円分が当たります」


 うだるような夏の夜じゃった。広島でお好み焼きを焼いていた店主のおれは、そのニュースに興味をそそられた。広島県の企画はいいと思う。地元じゃというのに、おれは広島のことをなーんも知らん。クイズも、答えられるかどうか。じゃけど、やってみようと思うたんじゃ。


 開会式の行われる広島市東区の饒津神社にぎつじんじゃ前にたどりついたとき、人がかなりいるので、がぜんライバル心が湧いてきた。毎日、広島お好み焼きを焼いているけん、肩こりと腰痛が激しいが、それなりに楽しくやって来た。この日は原爆忌なので店も休みにしとる。八月六日は、おれたちにとっては忘れられない日なんじゃ。


 この神社にやってきたのは、休みを利用してゲームをしようと思ったから。

 このスマホゲーム『広島をめぐろう!』を一番早うクリアしたら、一万ビットコインが当たるんよ。企画会社が『モニュメントの精委員会』ってところがアヤシげじゃけど、ゲームはダウンロードしとるし、モニュメントを探してクイズを解くだけの、簡単そうなゲームじゃけーの。


 神社の駐車場に設けられた壇のまわりには、このイベントのキャラクターなのか、

「モニュメントの精といっしょに旅をしませんか!」

 というボードをかかげたおねえさんたちが、数人集まっている。その服装は、非常にラフで、夏らしく、色も白を基盤にしていた。集まってきた群衆の、まだはじまらんのかとの声が、カラスの鳴くように聞こえる。


 開会式が、始まった。





壇上に、つるっぱげのデブ男(おれの母校の校長みたいじゃ)が登ってきた。

「みなさん、原爆投下から今年で七十七年目です。慰霊のため、みなさんで黙祷を……」

 ざわざわと、ざわめいていた人々に沈黙が落ちた。


 八時十五分。神社の駐車場で、あふれんばかりの人々が、頭を垂れて祈っている。入口の涙形石碑には、原爆犠牲者の霊を慰める銘が彫られている。

 広島では、毎日のように原爆が語られている。被爆証言を流すテレビやラジオ、当時のことを朗読劇にする人々……。おれにとってはふつうだけど、よそから来たお客さんは、こういうのを目撃すると仰天する。



 いつのまにか年若いひとりの娘が、おれのうしろに立っている。きちんとした天女のような若い子だった。なにごともなかったかのように、しとやかに挨拶する。



 平凡な表現と笑ってくれ。その漆黒の長い髪、白い絹のような肌、黒いダイヤのような瞳……。かすかに微笑んでいる口元。どう見ても、二十代。どんなに年を取っても、三十代前半の美女が、こっちを向いて笑っている。


 着ている服が、またふわふわのレースがついたブラウスに、すらりとのびた青いパンツ。全体的に細身だが、その細い身体を包み込むようだ。あの『モニュメントの精と旅をしませんか!』のボードのおねえさんと似た感じだ。


「おはようございます!」鈴を転がすような声だった。

「え、お、おれに挨拶してるんですか?」

 我ながら、間が抜けてる。こういうとき、どう言っていいのか、だれか教えてくれ。

「そう。ゲーム、ごいっしょしません?」



「あの、おれ……」

 ちょっとまごついて、前を向こうとした。おれは自覚しとるけーね。こんな相撲取りみたいな体格のおれが、モテるわけがない。

「えー、では、ゲームのルールを解説します」



 例の、校長めいた人が、なにごともなかったかのように話をはじめた。

 ルールは簡単だ。スマホにあらわれるモニュメントを探し、甲乙丙の文字をタップし、クイズに答える、というもの。



 見た感じ、甲乙丙の文字の下に、甲……宮島とか、乙……尾道とか、丙……御手洗とかあるようだけど、まさか今日一日で全部クリアしろとでもいうのだろうか?


 

 ここから宮島口に行くだけでも、JRで三十分は時間がかかるぞ?



 こんなムリゲーだと知ってたら、エントリーはしなかったんだが……

「あの、今日は午前中から、みなさん宮島へ探索に行かれるようですよ?」

 と、さきほどのフレンドリーな女の子が、おせっかいそうに口を利く。

「わたしたちも、宮島へ行きませんか?」



「み、宮島ですかっ」

「あなたとごいっしょできたら、楽しい小旅行になりそうです」

 天女は、そういうと、笑いを浮かべた。少々、古風な女の子のようだ。

「わたし、モニュメントの精、フィリマともうします。自己紹介、してくださいな?」



 モニュメントの精……? 

 さきほどからの違和感の正体がわかった。

 なーんだ、この人は、このゲームの企画の関係者で、案内係なんかいね。

 仕事で、おれにつきあってくれてるんじゃね。



 おれは、スマホに目を落とした。天女はこくっと首をかしげた。

「自己紹介、まだですよ?」

 打ち解けた仲みたいな、その表情。


「わたしじゃ、力不足ですか?」

「いや、そんなことは……。おれ、筒井夏樹っていうんじゃ。えーと、夏樹って呼んでつかーさい」



「はい。夏樹さん。夏樹さん……。いいお名前」

「はあ、まあ。えーと、ほな、宮島へ行きましょか、じゃ、まずは駅前へ戻ってJRの切符を……」



 この神社からJRまで歩いて15分程度じゃが、おれの足についてこられるかの。

「お待ちになって。夏樹さん、わたしに魔法を使わせてください」



「は? 魔法?」



 おれは、まじまじと、天女を見つめた。

「そう。魔法」



 手まねで、棒をふる仕草をするフィリマ。ウソを言っているようには見えない。しかし、にわかには信じられない。公共のマイナーなイベント会場の朝八時半頃に、こんな美女がにこりと現れて、さも親しげにファンタジーめいたことを口走る。頭が暑さで、どうにかなったのだろう。話を合わせてみるか。



「というと、ハリポタ? いや、あんたは女の子だから、ハーマイオニーかの? それにしちゃあ、日本語がじょうずじゃのー」


「わたしはモニュメントの精だって、さっき自己紹介したじゃありませんか。ちゃんと人の話を、聞いてくださいねっ」

 フィリマは、腰に手をやっている。

 怒った顔も、可愛いなあ。



「ええのー、魔法。ぶち(とても)すげーと思う。どんどん使っちゃってください」

「はい。では」

 いきなりフィリマは、どこから取り出したのか、いかにも魔法少女な杖を取り出し、ぶん回して叫んだ――。



「わたしたちを宮島へ連れてって!」

 杖がキラキラ光り……。

 次の瞬間、目の前に柱があった。そこに彫られた文字は。


 『歓迎 宮島』

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