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 朝食が楽しい、うれしい、おいしいと感じるのは何年ぶりだろう? 

 それが常に心の中を支配している。もしかしたら今日、いや明日、いやいや今日と明日の中間たる夜明けを見られるかもしれない。考えて心が躍る。

 明日の朝は気怠いかもしれない。そう考えるだけで上の空になる。

「ヘリオス様、今日は一体どうなされたのですか? いつもはもっと意欲的なのに……今日は何やら上の空ですよ。」

 ヘリオスはダスカロスに怒られる。しかしそれさえも楽しく感じる。昨日までダスカロスが一言話すたびにウザいと思っていたのにそれが全くない。穏やかな心持ちで話を聞く。平民のくせに自分よりも頭がいいだなんて何事か! そんな昨日までの古い心持ちとはおさらばである。

 浮いていく。気分が浮いていく。

 ふわふわと気分が浮き始める。まだできると決まったわけではないというのに、まだ何もしてないというのに……。

 結局その日の授業は上の空のまま全てが流れていく。

 一日が水流のように流れていく。いやな出来事すら心の中で楽しいことに変換される。ヘリオスは人間、気分次第でどうとでもなるのだと気付く。

 今日は父に日課にしろと言われている町の視察である。もちろん身分を隠した上での視察であるが、領民にはばれている節がある。いつもなら適当な店を見たり、よくわからない屋台の商品を購入して無為な時間を過ごすところだが今日は幸いにも予定がある。手早く薬屋で銀紙を購入する。店主は不思議そうな顔をしていた。

 本来ならば午後いっぱいをそのままかけて視察するのだが、早く銀紙なんて簡単なものでこの首輪の力を防げるのかを試したい。そんな気持ちに駆られて他の何にも手を触れず、目もくれずまっすぐ家に帰る。

 もしも父が帰ってきていたら……を考えて玄関からではなく、窓から直接中に侵入する。

「こいつを首輪の間に挟めばオレは、昼寝ができるのか? 」

 ヘリオスは半信半疑での隙間に銀紙を詰めていく。挟み込んでいく。首回り一週挟み込み、相当見た目の悪いエリマキトカゲのような風貌になる。何ら変わったところを感じることはできなかったが、寝転んで確信する。

「眠い。」

 4年、4年、そう、4年ぶりの感覚である。眠い。眠い。久しく忘れていた感覚。失った五感の一つが帰ってきたような感覚。布団の魔力という言葉の感覚。

 思い出す。思い出す。

 感動のあまり涙がこぼれる。眠りに少しづつ誘われていく素晴らしい状態。身を任せているとまぶたが重くなってくる。首輪のように無理矢理閉められる感覚ではない。カステラのザラメが剥がれないよう慎重に紙を剥がすあの感覚。落とされるではなく気付いたら落とされているという不思議な状況。


 嗚呼なんて気持ちよい、気持ちよい睡眠なのだ……。

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