3

 太陽が沈み、カラスが鳴き始める時間。ようやくダスカロスが帰り、ヘリオスは一人部屋に残された。山の向こうに落ちる太陽を見て、久しく見ていない夜明けに思いを馳せる。

 首輪のせいで10時丁度に意識が完全に飛び、その場で倒れる。

 首輪のせいで夜明けが見られず、7時に目を覚ます。

 まるで子供扱いである。こんな首輪が付く前……夜はロウソクの火が消えるまで読書を楽しんでいた。朝は夜明けを見るためによく朝日が見える場所を探すのが日課だった。

 9時間もの睡眠は必要なかった。

 しかし機械は正確だ。この時期だと毎日必ず10時には寝かされ、7時には起こされる。融通が聞かない。ヘリオスは何度も考えた。確かに自分に落ち度はあった。しかし本当にここまでされなければならなかったのかとあまりにも過保護が過ぎるようにみえる。

 ヘリオスは考える。もしもここに母上様がいたならばどうだったのか、と。きっと「そろそろ許してやりな」と止めてくれたのだろうか? 美しく、儚く、優しく、そんな母上だったと、昔父から聞いた。父は母上の話をするのが好きだった。

 そういえば最近母上の話を聞いていない。

 父は今でも母上のことが好きなのだろうか?

「考え事ですか? 」

 いつの間にかホルメーはそこにいた。前職は一体なんだったのかなど怖くて聞けないが、暗殺者にでもなれるんじゃないかと思うほど気配を消すのがうまい。

「あんな父親だからな……母上は本当にあんなのと子供を産んで幸せだったのか? とか、今の自分を見たら母上は父に許してくれるよう説得したのか、とかいろいろ思うところがあったんだよ。」

 窓際に置かれた母親の形見、嫁入り道具の一つ、ドレッサーの椅子に座り外を見る。開かれた窓から一日の終わりを告げるオレンジ色のベールが差し込む。山の向こうから放たれた光線は空を舞う鳥のシルエットをより濃く演出し、いかにも幻想的だ。

「では、直接会って確かめてみては? 」

 ホルメーは提案する。

「バカなのか?母上は死んでいるんだ。会えるわけがないだろう。」

 ヘリオスは呆れてそのままの姿勢で、沈み行く夕陽を見ながら返答する。ため息すら出すことなく、ただ呼吸が夕日の中に消えていく。

「いえいえ、真面目な話です。むしろ庶民にとってはなじみの深い話です。夜明けの光を浴びた朝の数分だけ、自分と関わりの深い人物の過去と繋がり、死者と会える……と噂されている幻の薬草があるのです。」

「それは本当か? 」

 夕日に向かって投げ捨てた期待の心を呼び戻し、年相応の屈託のない笑顔を見せる。ヘリオスは自分が生まれる前、母はあの父とどんな会話をしていたのか……想像を膨らませる。

「もちろん幻と言うぐらいですからなかなか見つかるものではないのです。しかし、つい最近その薬草を森の中で見かけました。ヘリオス様が夜明けを見られるならば連れて行きますよ。」

 ホルメーは相変わらずほとんど表情が変わらない。しかし今日のホルメーはどことなく嬉しそうな雰囲気を醸し出していた。機嫌よく聞いてもいない情報を垂れ流してくれる。ヘリオスに夜明けを見たい理由がまた一つ増えてしまった。

「夜明けを見たいがこの首輪はやはり外せない。だから間違った使用法とやらを一度試してみることにしよう。」

「ですが、その首輪と首の間にはほとんど隙間がないのでは?金属棒を差し込むには余裕が足りないハズです。」

 ヘリオスはそう言われて気付く。今でこそ毎日無理矢理外そうと引っ張っているおかげかかなり無理をすれば指が一本ギリギリ入るぐらいの隙間しか無い。ハリガネぐらいなら入るだろうが、かなり痛みが伴うだろう。少し迷ったあと、思いつく。

「薬を包んでいる銀紙なんてどうだ?あれも金属のハズだ。」

「よさそうですね。あれはいい薄さをしています。過去に使った薬の銀紙残していたりしますか? 」

 ヘリオスは首を横に振る。

「これじゃ、今日は無理そうだな。どうやらもう時間だ。あとはよろしく頼む。」

 ヘリオスは時計を見ながら言う。チクタクと時計の音だけが鳴る。ホルメーは目を瞑り、ヘリオスも寝る前の運動と言わんばかりにからだを動かす。

 チクタクチクタク、あと3分。

 チクタクチクタク、あと2分。

 チクタクチクタク、あと1分。

 チクタクチクタク――

 睡魔。

 ヘリオスは持ち手を落としてしまった糸繰人形のように眠りこける。ベッドへ完全に身を落とし、全ての動作が止まる。

 10時。

 強制的に寝かしつけられる。外せない。抗えない。まるで呪い。商品として売っている以上仕組みはあるのだろうが、それでもコレは呪いだ。

 人工の呪いだ。

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