第2話

「ただいま〜…」



 ジャンボはドアを開け、そっと声をかけてみた。

しかし、中は静かで、眠っている2人と隣人の書置きだけがあった。

『おかゆは食べられたみたいだから、食べさせた。それと薬も飲ませた。熱も落ち着いたけど、もしまた熱が上がったら頭部と脇の下を冷やすといいよ』


 せっかくの書置きだが、今のジャンボでは所々しか読めない。

カタコトのように、少しずつ理解して、あとちょっと二人の辞典も借りて、内容をやっと把握した。

やはり字を読めないのは、あまりにも不便だ。

ってか、隣人は書けるのかと失礼なことも思った。


 そのうちに、寝ていたバニラがうーん、とうなる。



「どうした。大丈夫か?」



 きっと普通よりも数倍焦って、ジャンボはバニラに近づいた。

バニラはまた少し熱が上がったようだ。

アドバイスの通り、氷水の枕を頭と脇の下に置いた。

急遽、病院で売られていたものを買っただけなので、使ったことさえも今まで無かった。


 ……いや、養成学校では、確か使ったか。

その後の人生では、自分の看病をまともにしなかったせいで、ジャンボは医者に言われたこと以上には何もわからなかった。



「ジャンボ…?」

「そうだよ」



 熱でぼんやりした声で、バニラは聞いた。

そして少し安心したように、目を閉じた。



「今日ね…隣のおばさんが…おかゆ作ってくれた…」

「みたいだな。食べれたか?」

「少し…」



 バニラはか細い声で言う。



「初めて食べたんだ…作ってもらったの…初めてだった…」



 ジャンボはなにも言えず、ただ、バニラの頭を撫でた。

5歳まで、彼は親元にいたはずなのに。

そしてジャンボは決心する。



「これからは俺がおかゆを作ってやる」



 バニラは嬉しそうに笑った。

そして熱で朦朧としてるのか、そのまま眠った。

チョコはずっと寝ているが、寝息になにかが絡まって、苦しげな音を出している。



「ちょっと、出てくるからな」



 二人にそっと声をかけ、ジャンボは立ち上がった。

そして玄関へ立ち、そのまま隣人の家へと向かう。



「すみません」



 隣人はすぐに顔を出す。



「なんだ、なんかあったのかい」

「いえ、そうではなくて…」



 心配そうな顔をする隣人に、ジャンボは決意したように伝えた。



「おかゆの作り方を教えてください」



 隣人は少し驚き、そして微笑み、さらにちょっとからかうようにジャンボをこづいた。



「アンタの方から頼ってくるなんて、槍でも降るのかね」



 ジャンボは言われてまた気がついた。いつもジャンボが頼んで助けてもらっていたわけではない。

隣人の行動力に甘えていただけだった。



「本当にいつも、ありがとうございます」



 深々と頭を下げるジャンボに、隣人は笑った。



「お礼は出世払いでいいよ」



 そして隣人は自分の家に鍵をかけ、ジャンボと共に歩き出す。



「炊いてある米でも炊いてなくても作れるけど、まぁ、おかゆってのは水の量の違いだからね」



 話しながらジャンボ達の家の中に入った。

そして、勝手知ったる人の家。

調理道具やら米やらなんやらをぱっと取り出し、隣人はジャンボの前で、教えるようにゆっくりとおかゆを作り始めた。

ジャンボはなんとかこれなら作れそうだと、頷きながら答える。


 そんな二人の声を遠くに聞いて、チョコはなんとなく安心していた。

台所からの音、というのはふと温かい記憶と結びつく。

バニラも人の気配があるだけで、やはり安心感があった。

仕事に行かないで、とは言えない。たぶん言ってしまったらジャンボは本当に休むから。

でも、そう信頼してるからこそ、ジャンボが仕事に行ってる間も耐えられた。


 グツグツとおかゆが煮える。

ジャンボは全ての段取りを、何度も反芻し記憶した。

そして、せっかくだから二人を起こしてみな、と隣人に言われて、チョコとバニラに声をかける。

二人はゆっくり起き上がり、出来たてのおかゆを食べた。



「なんだか小さい子みたい」



 チョコは照れたように言ったが、ジャンボは容赦なく言う。



「小さい子だろ、お前らは」



 二人は特に反論もせず、おかゆをゆっくり食べた。

ジャンボは隣人にお礼を言って、隣人はそのまま帰っていった。

「またなんかあったら呼びな」と、力強い声を残して。



「今度からは俺がおかゆを作るからな」



 二人はぼんやりしながら嬉しそうに笑った。

そして全部は無理だったが、二人ともある程度はおかゆを食べられ、また横になる。

ジャンボは器を片付けて、またおかゆを作る手順を、口に出して繰り返した。

芝居の手順を覚えるように、二人を起こさぬよう、小さな声で。

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