前略〜後〜
「日が長くなったね」
「だな」
こまめにリードをつけて玄関を出た。
もうすぐ19時。
なのにまだ全然明るくて。
「そろそろ夏至になるのか」
同じことを思ったらしい七星がそう言った。
「もしかして昨日今日明日ぐらい?」
「そうかも」
夏至。
1年で一番、昼の長い日。
1年で一番、夜の短い日。
七星がGパンの後ろポケットからスマホを取り出して調べてる。
そして今日だって。
見上げた空には満月に向かう白い月。
「満月も近いか?」
「んー、あと3日4日かなぁ」
「日にちまで分かるもん?」
「ずっと観察してたからね」
ずっと。
夜空を。星空を。月を。
小学4年生から何年も。
思わずそこから、もう今はどこにも居ない、かつて僕の右側に立ってた存在を思い出した。
七星が何かを察したのか、僕の右手を握る。
僕より大きく、熱い手。
僕もその手を握り返した。
「ぴょんもこっち見てるかな」
「………うん。見てるよ、きっと」
ぴょん。
僕が初めて描いた絵本の主人公。
七星と話すようになったのは、僕の名前がきっかけだったけど、より親しく話し始めたきっかけは、その絵本。
ぴょんはうさぎ。月のうさぎ。
ある日ぴょんぴょん飛んでたら、ぴょんは地球に落っこちた。
折れた左耳。
そこに現れたのが、地球の小さな男の子。まる。
ぴょんとまるの話。
それは、左耳が聞こえない僕と、里見の話。
「真澄、腹鳴ってる。行こ」
「聞こえた?」
「爆音だったから聞こえた」
「いい音だったでしょ」
「いい音だったよ」
言わない。
触れない。
お互いに。
里見のことは。
もうこの世に居ない、僕のかつてのコイビトのことには。
触れないことが自然すぎて、すごく不自然だった。
「何食いたい?」
「がっつりがいい」
「肉?」
「………胃もたれするかなぁ」
「うわ、俺今初めて真澄の発言がおっさんに聞こえたかも………」
「僕は普通におっさんだよ」
「いやいやいや。いやいやいやいや」
空に月。
右に七星。
足元にこまめ。
前略里見。
お元気ですか?
知ってると思うけど、僕は毎日、元気にやっています。
今日は夏至。
もうすぐ満月。
それだけで僕は、こうしてお前を思い出しています。
お前を思い出しながら。
見える?
僕は今日も七星を愛し、七星に愛されています。
歩き出した僕の頬を、ふわって風が、撫でるようにかすめた。
おしまい
許恋〜許されない恋/許される恋〜 みやぎ @miyagi0521
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