前略〜前〜
「そろそろ行こう」
「うん」
梅雨の中休み。
すっきりと晴れた今日、僕と一緒に暮らすコイビトの七星は、すっきりと晴れたのにも関わらずずっと家に引きこもっていた。
七星は休み。
僕は。
特にどこか行く予定っていうのはなかった。
どこか行こうか、ぐらい。
ただ、朝ご飯を作ってる途中で行き詰まってた仕事の続きを急に思いついて、忘れないうちにメモ、から、忘れないうちにラフ画、から、あれこれ色々描き始めちゃって。
「ごめんね、せっかくの休みの日に」
「こういうの見るといつも思う」
「何を?」
「真澄ってアーティストなんだなって」
「アーティストって。絵本作家だよ」
「うん。だから、アーティスト。急だもんな。それっていわゆる『おりてくる』ってやつだろ?集中力すごすぎだし」
アーティスト、ではないと思うんだけどな。
気づけば朝から18時過ぎまで、トイレ以外立っていない気がする。
七星がお茶や水を持ってきてくれて、何か話したような気がする。その辺は曖昧。
基本わりと計画的に仕事は進めてる。
ただ時々そんな風に、急にスイッチが入ったりもする。
それを見て言ってるんだと思う。アーティストって。
七星は何も言わない。
頭が描く方に行っちゃってるから、会話すら成り立たないのに、何も。
今日だって休みなのに、1日放置。
ありがとうって、すごく思う。すごく。すごく。
「本当ごめん」
「時々部屋行って見てたからいい」
「え?」
「描いてる真澄って超キレイ」
「部屋に来てたの?」
「うん。見てた」
「………知らなかった」
「だからアーティストだって」
「何が『だから』なのか分かんないけど、ごめん」
「描くのが真澄の仕事なんだから気にすんなって。ほら行こ。こまめの散歩」
「うん。………ありがと、七星」
ぽんって背中に手。七星の大きくて熱い。
包まれる安心感。
僕はここで、七星の前で何ひとつ偽ることのない僕になれる。
七星にそっと、頭を預けた。
足元では散歩に行くのが分かってる家族の一員、こまめが早く行きたくてそわそわしてる。
「腹も減ったろ」
「減ったよ。ぐーぐー。今なら七星より食べられそう」
「勝負したいところだけどやめとこ。真澄は腹八分にしといて」
「何で?お腹出ちゃうから?」
「違う」
「え?違うの?」
違うよって、七星が僕の、七星に預けた頭をぎゅって抱き寄せてくれた。
それから、キス。
唇にふわりと、七星の唇が乗る。
ここ。
僕はここで、これで、このキスで。
『なつめますみ』から。
夏目真澄に、戻るんだ。
目を閉じて、逞しい七星の背中に腕を回した。
「腹いっぱい食べたら『真澄が』苦しいだろ」
「………それって」
「うん」
それって、つまり。
「じゃあ前ボタンパジャマだね」
「だな」
もう一回。
どちらからともなく唇を合わせて、七星とこまめと3人で、梅雨の中休みの晴れの下をゆっくり歩いた。
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